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「ほら、これ食べなよ」
うん、と言って相良は坂口の作ったチャーハンを食べていた。坂口の借りているアパートは広くて快適で、相良はほとんど坂口の家に入り浸っていた。大学に行くのも、帰ってくるのも、坂口の部屋になっていた。
「すげえ、マヨの味がする」
「まーな。今日のはマヨ味」
口いっぱいに頬張る相良を見て、坂口は幸せだ、そう思う。
ずっと見ていた相手が、今自分の手の中にいる。自分を、好きでいてくれるという奇跡に感謝していた。
乱雑に放り投げられた服を集めて、坂口はそれを畳んでいく。殆どが相良のものだ。
「お前―、これ、片付けろよ」
そう言いながら畳んでいく坂口を、嬉しそうに相良は眺める。
「悪ィ、あとでやる」
「ハイハイ。いーよ、それで」
ほほ笑む坂口の笑顔。それを相良は見つめて、どうしてこんなに心が痛くなるのか考えてみる。お互い好きだと認め合って、お互いが支えている。それなのに、こんなに近くにいるのに―。
時計の針の音を、うるさく感じて相良は耳を塞いだ。
このまま、止まってしまわないか、なんて。
坂口と一緒にいるこの瞬間が、今自分にとってとても嬉しい。それなのに、この時間が終わってしまうことが悲しくもあるのだ。
「…どうした?また例のアレ?」
「ああ、ああ…慶、慶っ…」
坂口は相良をギュッと抱きしめる。それでも足りないのか、相良は坂口の事を強く抱きしめ返した。
時計の針の音は、変わらずに二人を包む。
そっと相良の涙を、坂口は唇に載せて囁く。
そのまま、その薄い唇に口づけた。
薄明りの中、二人は重なり合う。
その行為はとても滑稽だった。
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