2.倫音、覚悟する。

12/13
前へ
/72ページ
次へ
------------------------- 局内にある限られた喫煙部屋は、ほぼ決まった人物のみが利用している。 中でも、ベビースモーカーの神野仁が籠っている時は、暗黙の了解で誰も相席しないことになっていた。 いつものように、神野が独り静かに煙を吐き出していると、ノックもしないで不躾に押し入る者がいた。 ジン・ギャルの中でも、最も神野の覚えがめでたいとされている野瀬カナコだ。 チラリとカナコを見やると、神野は面倒臭そうに顔を背けた。 「ジンちゃん、あの女に乗り換えるの?」 「局内(ここ)で、その呼び方はやめろ。あの女って、誰?」 「天崎倫音よ。ジンちゃん、この頃、あの女ばかり贔屓にしてる」 忠告を無視した上に、くだらない嫉妬話を始めたカナコにうんざりしたのか、神野はハァーッと強めのため息をついた。 「だいたい何だよ、乗り換えって…ケータイ電話じゃあるまいし。俺はお前と専属契約を結んだ覚えはないぞ~」 言葉尻を捉えて揶揄するように返す神野に、カナコは顔を真っ赤に染めながら反射的に告げた。 「私、妊娠したかもしれない」 「はぁ!?」 今度はため息でなく、明らかに声に出し、侮蔑の表情を向ける。 「『したかも』って何だよ。曖昧なことで俺をゆする気か? 俺の子かどうかも分かったもんじゃないのに」 「なっ…」 「お前が色んなところに営業かけてるの、俺が知らないと思ってんの? はっきりした証拠を出してから言えよ!」 吸いさしのタバコを灰皿に押し付けると、神野は大きく舌打ちをした。 「あ~、気分悪いわ。他で一服し直そ」 そう言いながら振り向きもせず立ち去る神野を、カナコは震えながら見送るしかなかった。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加