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『長らく失われていた八〇年前のテノール歌手・パヴェウ。彼が遺した奇跡の歌声と共に――曲はトゥーランドット、〝誰も寝てはならぬ〟』
管楽器の重低音が始まりの尾をひく。
大きく軌道を描いて――最初のジャンプ。
歓声。
四年間、毎日飽きもせず僕の滑りに口出ししてきたパヴェウは、今日に限って死んだみたいに口を閉ざしている。
多分、歌う準備をしているんだろう。
後半二分間に彼の歌の全てを詰め込んだ。
そこで彼は生前果たせなかった夢を叶えようとしているのだ。己の歌声を世界中に響かせるという夢を。
伸びやかに、スピードを上げて、もう一度。トリプルルッツ、トリプルトゥループ。
歓声――。
〝自らの手で己に終止符を打つくらいなら、その命、私のために使ってみよ〟
思えば、最初に出会った時からパヴェウは傲慢の化身みたいな奴だった。
人生に嫌気がさして自殺を試みた僕は、死に場所として選んだ廃屋の片隅で一枚のレコードを見つけた。それもいわく付きの……つまり、幽霊付きのレコードを。
〝私のためって、あんたの望みはなんだよ?〟
〝私のレコードを世界中の人間に聞かせることだ〟
〝レコードって……今どきないでしょ。音楽は皆スマホで聞くんだよ。冗談はよして――〟
〝冗談ではない〟
言葉を遮られてぎくりとした。
〝私は本気だ〟
本気なわけがあるもんか。だって、あんたはもう死んでるんだぞ。死んだ人間に何ができる――そう思っていたはずなのに。
本人に直接言ったことはない。
見つけたレコードを一番初めに聞いた時、実は少しだけ泣いたってこと。そんなつもりは全くなかったのに、まるで予め零れ落ちることが決まっていたみたいに、ポロっと一粒。
あれから僕の隣には、常にパヴェウが居座っている。傲慢で、口うるさくて、死んでいるのが嘘みたいに力強い瞳を持っている、奇妙奇天烈な僕の相棒だ。
『コンビネーションスピン、からのステップシークエンス……良いですね』
やがて、悲壮感漂う前半の演奏が終わりに差し掛かった。僕は弧を描いて氷上の中心へ向かう。
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