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〝私は本気だ〟
再びパヴェウの声が耳元に蘇る。
臆病な僕は本気じゃないことを言い訳にして、逃げてばかりの人生を歩んできた。本当はずっと、本気になれる彼が羨ましかったんだろう。
どうしてそんなに傷付くことを恐れずにいられるんだろう。ずっと不思議だったんだ、パヴェウ。
でもやっと分かったんだよ。
本気にならきゃ、手に入らないものがあるんだってこと。
弦楽器の音が霧に融けるように消える。
遠くに佇む男の、大きく肺を膨らませる音が聞こえた気がした。
そして――。
――Ma il mio mistero e chiuso in me
パヴェウの声が空気を震わせた。
それは原始の時代から受け継がれてきたヒトの心の琴線を、根本から揺するような深い歌声だった。
圧倒的な力に抗いきれず、衣装の下を鳥肌が駆け抜ける。
その瞬間、僕の中のあらゆる感情が一切の姿を消した。
彼だって同じだろう。無念の死を乗り越えるとか、積年の思いを晴らすとか、建前や理屈なんてものは全て吹き飛んでしまったのだ。
ただ歌える喜びに身を任せ、喉を震わせている。
僕は心の打ち震えるままに氷上を駆けた。
無尽蔵に湧き上がる歓喜と自信。
このプログラムを滑りきれるのは世界中でただ一人しかいないという自負。
めちゃくちゃな熱を帯びたパワーが、けれど冷静に身体を突き動かす。
しなやかに弧を描く四肢。
ぐらぐらと沸き立つ熱い塊をバネに高く跳ぶ。
クワド・アクセル――着氷!
そして滑走。
音階を登る、荘厳なるテノール。
クライマックスに向けての躍動。
ラストのコンビネーションスピンに入ると、ビブラートの波はいよいよ最高潮に到達する寸前だった。
二つの魂が、精神よりももっと深いところで縒り合わされていく。
――Ed il mio bacio sciogliera!
身体が指先から神の息吹に変わっていくのが分かる。
それは情熱の塊になりごうごうと渦を巻き、会場をまるごと飲み込んだ。
拍手が湧き上がる。
歓喜に満ちた喝采が鳴り止まない。
待っていろ。
今、すべての魂に、同じ瞬間を共にした奇跡を突きつけてやる。
ここに永遠があると証明してみせる!
――All'alba vincero!
これが僕らの、永劫のトゥーランドットだ!
ダン! と片足を氷上に叩きつけた。
音楽が霧消する。
一切の名残を留めずに。
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