三日月の声

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三日月の声

 川口 和也は部屋にあるたくさんある段ボールを見た。  この部屋とも、あと一か月―。和也は大学四年生。この冬になんとか卒論を出して、先日には卒業式を終えた。そして、春には晴れて社会人になる。就職先は地元の書店。書店員になるのが夢だった。また、地元に帰れることにほっとしていた。大学も地元でよかったのだが、せっかく都心に行く機会が得られたのだから、楽しんで来い、との父の言葉に押され、和也は上京した。この四年は、和也にとって楽しいものでもあったが、心から楽しいことはなかなか見つけることはできなかった。あったのは便利だけ。  和也にとって、小説は心を深めてくれるものだった。いろんなジャンルがあり、同じようで、どこか違う。もしくは自分に足りないものを探すため、小説に魅了されたのかもしれない。しかし、和也が思っているよりも小説は奥が深い。この四年で買い集めた小説を段ボールに収めようとするが、まだ終わらない。この狭い部屋によくこんなに本があったものだ、と改めて驚いた。しかし、全部を持って行くには数があまりにも多く、渋々売ることにした。  ここまで整理するまでに、今まで忘れていたのか、今、初めてしったのか、和也はとなりの部屋との壁に小さな穴が開いているのを発見した。穴は低い位置になり、穴が開いていた場所には本を山積みにしていたのでとなりの住人に見られていたことはないが、音がどのくらい聞こえていたのか、と和也は想像しただけで背筋が冷たくなってきた。慌てて、段ボールで塞ごうとしたが、和也はぴたっと手を止めた。膝をつき、体を丸くした。顔を穴に近づけた。
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