三日月の声

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 となりに住むのは近隣にある美大に通う咲田 創太郎という大学三年の物静かな男だった。あいさつもあまりしない。しかし、特に問題なく過ごしていた。名前を知ったのは彼の作品を見たからだ。大学へ行く時に、何も包まずに油絵を運ぶ咲田の後ろ姿を見かけ、近所にある喫茶店で芸術好きなオーナーがその絵を展示していたこと、別の客が誰の絵かと尋ね、オーナーが大きな声で説明していて和也の中で話がつながった。  小さな穴から見えたのはイーゼルと描きかけの油絵、男―咲田だ。そして、三つ編みのセーラー服を着た女の子がいた。和也ははっとして顔を上げ、なるべく音を立てずに段ボールで穴を塞ぎ、顔を両手で覆った。しかし、耳がドアの開く音が聞こえ、和也は玄関に向かいドアに耳を当てた。  「ひとみ、気を付けて」  ことこと、歩く音が遠のいていく。聞こえるのは和也の息と、心臓がどくどく動く音だけになった。  最近よく見かける黒いマスクを購入し、カーテンを閉め、なるべく部屋に光がはいらないようにし、和也はそっと穴を覗いた。
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