三日月の声

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 その日のうちに運がよく、古本屋を渡せ、思っていたよりも多い金額をもらえた。明後日は引っ越しの日。和也は画材屋で粘土と絵の具を買いに出かけた。  家に帰るとポストに封筒が入っていた。  中に入っていた便せんには短い文章が書かれていた。 お忙しいとは思いますが、明日、喫茶くれよんで話したいことがあります。 夕方、待ってます。 深沢 日登美  喫茶くれよん―咲田の絵が展示されているあの喫茶店だ。  和也は何度も読み返し、段ボールで隠した穴のあるところを見た。  翌日の夕方、和也は約束通り、喫茶くれよんに向かった。  その日は一日中外出していた。最後に行きたい場所をてんてんとしていた。店に入ると、すぐに深沢 日登美を見つけた。深沢 日登美も和也に気が付くと、真っ直ぐに見つめた。和也は店の人に待ち合わせしていることを伝え、席へ向かった。その途中、ふと咲田の絵が目に入った。抽象画で春のような風景だった。咲田には世界が淡く曖昧な世界に見え、それは人々に愛される絵になるのか、と和也は思った。和也自身、読書という受け身の中で自分を見つけられたのか、と思った。そして、深沢 日登美を見た。彼女は存在が美しく、それだけで人々の目に留まるだろう。そして、その美しさがどのように花開くかが楽しみである瞬間に和也は出会った。いつもの三つ編みとセーラー服。ふと、女性を月に例える理由が分かった気がした。しかし、和也の脳裏に浮かんだその理由は皮肉が混じっていた。彼女は美しいが欠けている三日月のよう、と。
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