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「兄がやって来たのは偶然でした。わたしが家に帰ると、家を見ている男がいました。わたしは言葉を話せなかったので声をかけることができませんでしたが、目があったとたん、不思議とわたしたちは兄妹だとわかりました。…なぜなのでしょうね? それからわたし達は何度か会い、互いのことを知り合いました。兄を描いていると知り、兄妹である証のようなものが欲しいとお願いし、絵を描いてもらうことにしました。…あの浴衣は母が昔着ていたもので、兄と一緒に夏祭りに行く時に着ていたそうです」
「…だから、季節外れの浴衣を」
「…母にもばれないように、部活だと言って制服で朝出かけていました」
和也はすっかり冷めたコーヒーを口にし、日登美を見た。
「…わたしは、つい数日前まで話せませんでした」
「え?」
「…あなたに見られていて、兄の邪魔をされないように必死になったからだと思います」
「ぼくは悪者かい?」
「まあ、覗きは趣味が悪いですよね」
二人は笑った。
「…まあ、ぼくが聞いていい話ではないけど、聞けて良かった。もやもやのまま社会人になるところだったよ」
「…そうでしょうと思いました」
「よし! 明日にはあの穴は塞ぐし、ぼくもいなくなる。だから、ささやかだけど、これを上げるよ」
和也は茶封筒を日登美に渡した。日登美はすぐさま、封を開けると、お札が何枚か入っていた。
「え?…これは」
「ぼくのコーヒーと君のロイヤルミルクティー代と、今度お兄さんと一緒にラーメンでも食べなさい。」
和也は喫茶店を後にした。
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