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 ***  翌日も風が弱くて天気の良い日だった。昼過ぎまでは店で仕事をして、三時頃に外回りに出る。そして昨日と同じ時間帯に駅前に行った。外回りをして、時間があったら駅前のコーヒーショップに寄るのが僕の常だ。今日はテラス席が満席だったのでテイクアウトにする。  どこか座れる場所はないかとウロウロしていたら、昨日と同じ青年がまた噴水前で絵を描いていた。今日はちゃんとモデルがいる。高校生くらいの二人組の女の子と向かい合って鉛筆を動かしていた。ちょっとした小遣い稼ぎに似顔絵を描いているのだろうか。いつもならこういった輩は横目に通り過ぎるだけなのだが、若者が一体どれほどの腕前で稼ごうというのか興味が湧き、僕は何食わぬ顔で近付いた。さりげなく青年の隣に腰を下ろし、スマートフォンを見ながらいかにも「暇つぶしです」といった態度を装ってコーヒーを飲む。そしてスクロールをしながら、ちらちら青年のスケッチブックを覗き見た。想像以上に上手くて驚いた。本人は難なくサラサラと鉛筆を動かしているだけなのに、描かれていくのはモデルの女の子そのものだ。肌のもっちり感や、マスカラで硬そうな睫毛や、唇の艶、細部までとても丁寧に正確に表現している。まばたきをするのも忘れていた。 「――できました」  青年の声にハッとして、視線をスマートフォンに戻す。女の子たちは「スゴーイ!」と大はしゃぎしていた。よく見るとビニールシートには見本と思われる絵が数点置かれていて、どれもプロのようなデッサンだった。というか、プロなのかもしれない。絵の脇に、名刺が置かれている。よく見てみたいが、いきなり取ったら怪しいだろうか。勝手に取ってもいいのだろうか。 「ご自由にどうぞ」とあるので、かまわないのだろう。どうしようかと悩みながらも、青年が余所見をした隙にサッと名刺を取った。すぐに胸ポケットにしまい、残りのコーヒーを飲み干す。そして咳払いをしながら、足早に立ち去った。
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