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 翌日、僕はとうとう「川原留衣」に接触することに決めた。無理に関わらなくても見かけなくなったらそのうち忘れるだろうが、せめてどんな顔をしているのかだけでも知りたかった。  話し掛けるとなると、やはり描いてもらわなければならない。自分を描いてもらうのは恥ずかしいので、かなえとさくらと三人で撮った写真を持って行った。写真ならモデル本人がいなくても描けるだろうし。  外回りに出て、支店に戻る前に急ぎ足で駅前に向かった。この日に限ってあまり時間がなかったが、今日を逃したら二度と会えない気がして無理に行った。息を切らせて広場に到着すると、「川原留衣」はいつものように絵を描いている。僕は唾を飲み、呼吸を落ちつけてから、ゆっくり彼に近寄った。心臓がドキドキしている。こんなに緊張するのはいつぶりだろうか。 「……す、すみません」 「はい」  いつも偶然聞くだけだった、やや高めの若い声が、僕の呼びかけに反応する。それだけで感動してしまった。スケッチブックに目を落としていた川原留衣はこちらを見上げたが、キャップは目深に被ったままなので、ツバの影に隠れて目元がよく見えない。     
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