1

15/17
前へ
/134ページ
次へ
「あの……絵を……描いていただけるんでしょうか……」 「はい、もちろん。鉛筆で簡単にデッサンするだけですが、それでもよろしければ。見本はこんな感じです」  と言って、並べている絵を指した。間近できちんと手に取ってみる川原留衣の絵は、とても繊細で丁寧で、……上手い。僕は芸術センスがないからそんなありきたりな言葉しか出ないけれど、見ているだけで温かくなるようなそんな絵だ。 「……素敵ですね。ぜひ、よろしくお願いします。モデルは僕じゃなくて写真でお願いしたいのだけど」 「かまいませんよ。写真はありますか?」  二年前に行った京都旅行で、家族で撮った写真を渡した。川原留衣は暫く眺め、「いい写真ですね」と呟いた。 「実はまだ仕事中で、これから職場に戻らないといけないんです」 「では明日、来られますか? いつも大体四時から六時くらいまでここで絵を描いてるんです。明日には仕上がってます」 「分かりました、四時から六時のあいだですね。よろしくお願いします」  結局、顔はよく分からなかったが直接話せただけでもかなりの進歩だ。腕時計を見るともう戻らなければならない時間だった。僕は最後に礼を言って、その場をあとにした。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1224人が本棚に入れています
本棚に追加