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次の日、早めに仕事を切り上げて六時ギリギリに駅前に行った。この日はあいにく朝から天気が悪く、昼から弱い雨が降り続いていたので、川原留衣がいるかどうか不安だった。けれども川原留衣はそこにいた。さすがに絵は描いていないが、紺色の傘をさして僕を待っていたのだ。
「すみません、遅くなってしまって!」
「いえ、時間通りですよ」
そうは言っても「四時から六時のあいだ」なんて曖昧な言い方では四時かもしれないし六時かもしれないし、下手したらまるまる二時間待たせたことになる。現に傘を持つ川原留衣の手は冷えて真っ赤になっている。
「寒かったでしょう、本当に申し訳ない」
「全然、いいんです。慣れてますから。来て下さってありがとうございます。約束の絵と、写真をお返しします」
クリアファイルに入った絵を受け取った。写真がそのまま絵になったようで、でも写真ほど無機質でない。かなえの目尻の皺も、さくらの風に靡く長い髪も、艶も、僕の眼鏡の光沢も、そして金閣寺まで……。本当に細かいところまで描かれていて、まるで当時の会話や息遣いまで聞こえてきそうな生命感がある。これだけで川原留衣が真面目で誠実な青年だと分かる。なんだか胸が熱くなって涙が出そうだった。
「本当に素晴らしい……。勇気を出してお願いして良かった。ありがとうございます」
「モデルのご家族が素敵だからです」
「僕ね、仕事で外回りに出る時はいつも駅前を通るから、少し前からきみがここで絵を描いているのを知ってたんです。だけど、今度隣町の支店に変わるんで、ここにはもう来られなくなるんです。いつか描いていただけたらなと思っていたから、それが叶って本当に嬉しい」
代金は、と財布を取り出そうとすると、「いりません」と止められた。
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