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「まさか今まで無料だったわけじゃないだろ?」 「本当にけっこうです。ただの暇つぶしや冷やかしじゃなく、あなたのように心から『描いて欲しい』と言って下さったのは初めてなんです。しかもそんな前から知っててもらえて、喜んでいただけるなんて夢にも思わなかった。それだけで充分なので、お金はいりません」  それでは僕の気が済まないが、本人が頑なにそう言うので、甘えることにした。 「雨、上がりましたね」  かすかに西の空が赤い。明日は晴れるだろう。やがて雲のあいだから太陽が現れた。雨上がりの夕陽は鮮やかで眩しい。傘を折り畳んだ川原留衣がこちらに向き直った。今日はキャップを被っておらず、その姿がようやくあきらかになった。柔らかそうな赤毛は夕陽に縁取られて輝き、白い肌は張りがある。猫のような悪戯っぽい大きな目に、思わずドキッとしてしまう。とても綺麗な男の子だ。想像より若いかもしれない。つい「いくつ?」と聞いてしまった。 「十九です」 「大学生か。あ、もしかしてS美大?」 「まあ……はい、そうです」 「どうりで。個性的な子だなと思ってたんだ」 「そんなこと初めて言われました……」  恥ずかしそうに頬を掻く姿がいじらしい。自分が十九の時はこんなに初々しかったかなと考えた。 「……それじゃあ、お仕事頑張って下さい。ありがとうございました」  一礼して踵を返した川原留衣に、僕は慌てて言った。 「あ、ありがとう! 本当に! 大事にする!」  なんてありきたりな。けれども振り返った川原留衣は満面の笑みを返してくれた。橙の後光に負けず劣らず眩しい笑顔こそ、きっと絵になるだろうに。
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