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「進路はそんないい加減に決められるものじゃないぞ。特にK高に行くなら、芸大や美大、芸術関係の仕事に進むことも視野にいれなくちゃいけない。さくらはいつかそういう仕事をしたいのか?」 「まだ分かんない」  クッションを抱き締めてベッドに伏せたまま答える。 「ちゃんと座って話をしなさい」  するとさくらは起き上がるのと同時に「お父さんなんか!」と叫んだ。 「お父さんなんか、いつもお母さんの顔色ばっかり窺ってるじゃん! お父さんに相談したって頼りにならないよ! 出てってよ!」  研ぎたての包丁で心臓をグサリと刺されたようだった。「頼りにならない」。父親として、男として、人間としてもかなりこたえる言葉だ。僕にだって言い分はある。「話してくれなきゃ分からない」「先に距離を置いたのは向こうだ」「僕だって我慢している」。だけど、そんなことを娘に言えるわけがなかった。    自分の部屋がない僕は、家の中でひとりになれる空間というのがない。私物を保管する場所がないので、川原留衣に描いてもらった絵も、いつも手帳に入れて肌身離さず持っている。さくらの部屋を出たあと、僕は風呂に入ると言って脱衣所にこもり、暫くそこで絵を広げて見ていた。金閣寺の前で笑っている三人の笑顔がとても切ない。こんな明るい笑顔が戻って来る日は本当にあるのだろうか。
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