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 ***  週末にかなえとさくらが九州のかなえの実家に行くというので、金曜日の夜から日曜日の夜までの留守を頼まれた。なぜ急に九州に帰省することにしたのかは知らない。この正月に訪ねた時はお義父さんもお義母さんも元気そうだった。悪いことではないはずなので、僕も深くは聞かなかった。  思いがけずひとりの時間を得て、僕はさっそく土曜日の昼過ぎに美術館へ行くことにした。さすがに下調べもなく行ったら怪しまれるので、なんの展示を見るかを決めておいて、あくまで「ついで」を装うことにする。  個人的な用で出掛けるのは久しぶりだ。スーツもおかしいし、いい歳をしてカジュアルすぎるとダサい。随分前に買ったものだが、ストライプのシャツに黒のジャケットを羽織っただけの無難な格好で向かった。  さすが美術館、騒がしい駅周辺でも一歩エントランスに入るとシン、と静かだ。ガラス張りの天井で、光がさんさんと降り注ぐ。入ってすぐの受付でチケットを買わなければならない。展示物は二つあり、ひとつは現代アート、もうひとつはモネだ。現代アートは興味がないのでモネのチケットを買おうと胸ポケットから財布を出したところ、 「……福島、さん?」  自信のなさげな若い男の声が、僕の名を呼んだ。振り返ると、黒のパンツに白ポロシャツを着た川原留衣がいた。全体的にタイトな服だからか、線の細さが際立つ。相変わらず赤毛は明るかった。
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