2

8/15
前へ
/134ページ
次へ
「楽しめましたか?」 「ええ、けっこう……。何時までいるの?」 「もう三十分もすれば終わります」 「もし暇なら、」と続けようとしてやめた。誘ってどうしようと言うのだ。ひと目見られたら、というだけのつもりだったはずだ。口ごもっていたのが相当不自然だったのだろう。川原留衣のほうから、遠回しに誘ってくれた。 「二階のカフェもすごく素敵なんですよ。僕もバイトが終わったらいつも寄るんです。ご迷惑でなければ一緒に飲みませんか」  まったく予想もしなかった展開だ。僕は持て余したひとりの時間を潰すために、少しだけ川原留衣が元気にしている姿を見られたらと思って美術館に来ただけなのに。勧められるがままに二階のカフェへ足を運び、窓際の席でブラックコーヒーを飲んでいる。店内はかすかにクラシックが流れていて、壁には様々な名画のレプリカが飾られている。ゴッホ、ピカソ、ミレー……。テーブルも椅子も西洋風で、ロマン館を思わせる、確かにとても洒落たカフェだ。今日は天気がいいので、窓から入り込む太陽光が温かくて気持ちが良い。久しぶりに「休日」という感じがする。コーヒーに口を付けた時、カタン、と向かいの椅子が動いた。直後に腰掛けた人物から冷気が伝わった。「お待たせしました」と言う声は少しだけ息切れしている。もしかして急いで来てくれたのだろうか。桃色の頬と太陽光に乱反射する茶色の瞳がキラキラしている。若々しいが、さくらほど幼いというわけでなく、間違いなく今後の社会を牽引していく世代に一番近しい、れっきとした大人だ。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1225人が本棚に入れています
本棚に追加