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「僕、正直言って芸術ってよく分からないんだけど、川原くんの絵だけは好きなんだ。見てると心が安らぐよね。人柄が出てると思う」 「……やめてください、ほんと慣れてないんで」 「褒められるでしょ?」 「全然……だから恥ずかしいです」  全然褒められないことはないだろうが、慣れてないのは本当のようなので、ほどほどにやめておいた。耳だけじゃなく、頬も赤いのが微笑ましい。 「留衣―」  友人の呼び声で、緩んだ顔を引き締める。 「DM足らなくなっちゃった」 「俺、余分に持ってるよ」  あ、友人の前では「俺」って言うのか。  同級生とのくだけたやりとりを見ていると、急に別人を見た気分になった。  そうだよな、彼は絵描きである前に、いち学生なのだ。友人とふざけたり、冗談を言うこともあるだろう。「このあと、みんなで食べに行くの?」という問いに「用があるから」と断っているのを聞いてしまい、大変申し訳ないことをしたと済まなくなった。気を使ってくれたのか、友人と離れて僕のところへ戻ってきた川原くんに、今日の予定はなかったことにしてくれと伝えた。 「え? なんでですか?」 「きみも忙しいのに、頼った僕が悪いんだ。僕のことは本当に気にしなくていいから、友達と一緒にいなよ。ね。ごめんね、相手にしてくれてありがとう」 「福島さん」 「頑張ってね」  そして僕はそそくさと画廊を去った。  あんなにわくわくしていた気持ちが一瞬でしぼんでしまった。この寂寥感はなんなのか。川原くんが頑張っている姿を見るのが好きだ。彼の絵を見るのが好きだ。だけど、彼の知らない面を知ると切なさを抱くのは何故だろう。
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