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「まー! 福島さん! お久しぶり!」  家に帰る気分にもなれず、余った時間を潰そうと、『ふるーら』を訪ねた。以前、僕が仕事で担当していた洋菓子店だ。辞令が出て、支店を変わる前に挨拶だけでもしたかったのが叶わず、今頃の訪問になってしまった。エプロンをした奥さんが明るく迎えてくれた。 「スーツじゃないから、一瞬分からなかったわ。髪型も違うの?」 「仕事中は前髪上げてるんですけど、休日は下ろしてます」 「いいじゃない。素敵よ」  お世辞でも褒められると嬉しいものだ。 「急に担当が変わって申し訳なかったです。栗田はちゃんとやってますか?」 「ええ、栗田くんも明るくて頑張ってくれてるわ。でもやっぱり福島さんがいないと寂しいわね。会えて嬉しいわ」 「ありがとうございます。えーっと、この焼き菓子詰め合わせ下さい」  一五〇〇円のギフトボックスをお願いした。悪いわね、と呟いた奥さんは、僕が「付き合い」で買っていると思ったようだ。 「先日いただいたお菓子がすごく美味しかったんです。特にカカオのフィナンシェが。……妻と娘も美味しいって」 「まあ、それは良かった。もうね、お洒落で美味しい洋菓子屋なんて今時たくさんあるでしょ? 若い子に美味しいって言ってもらえると安心するわ」  この店の経営状況は悪くはないが、ほとんど常連で持っているようなものだ。看板商品の「ころころパイ」がなければ厳しいだろう。オーナーも奥さんも若くはないし、娘二人は県外に嫁いでいるので後継ぎもいない。店を閉めるのも時間の問題かもしれない。銀行員としてではなく、個人として、いつまでも景気良く続いて欲しいと願った。 「すみません、ころころパイも三つください」
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