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「あっ、おねえさんっ。唇の色、今日はちょっと明るいんですねっ」
「!」
店員の言葉にムツミは驚く。思わず顔を上げて彼を見た。
(あああっ……!)
見つめ合ったことで、彼女の胸は高鳴る。それは激しさを増して、熱狂のリズムを刻みそうになった。
と、ここでムツミは我に返る。
(私、何も返事してない…!)
せっかく唇の色について言ってもらえたのに、ただ見つめ返すことしかしていない。このままでは、彼の言葉をほとんど無視することになってしまう。
(そんなのダメ!)
心の叫びが、高鳴りを瞬時に抑え込んだ。その隙に、彼女はどうにか言葉を紡ぎ出す。
「わ、わかり…ます?」
目が合ってからそう言うまでの時間は3秒ほどだった。会話のキャッチボールは、ギリギリのところで維持された。
店員は笑顔でうなずくと、春風のようなさわやかさでムツミを褒める。
「はいっ。前の色もよかったですけど、今日のもステキですっ」
「あ、ああっ、ありがとうござい、ますっ」
ムツミの心と耳が、桜色に染まった。あまりの嬉しさに、瞳がわずかに潤む。
しかしすぐに、客である自分が本来やらなければならないことを思い出した。
(ちゅ、注文…しなきゃ)
赤い顔のまま、ムツミはメニュー表に視線を戻す。
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