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(もっと話してたいけど、これ以上は迷惑になる…わよね)
これまでのやりとりで、彼にはずいぶん時間を使わせてしまっている。さらに求めてしまえば、迷惑な客だと思われる可能性があった。
それだけは避けなければならない。ムツミは店員に、そっと注文を告げる。
「あ、アイスのソイラテ…ください」
「かしこまりましたっ、いつもありがとうございまぁーすっ」
店員はにこやかに言うと、提供の準備に入る。彼女の前から離れると、カウンターの中でテキパキと動き始めた。
彼が背を向けた時、ムツミの顔は我慢の限界を迎える。かろうじてよそ行きの体裁を保っていた顔が、にんまりと崩れた。
(き、きき気づいてくれた…うれしぃい!)
口紅の色を明るく変えたのは、まさに店員が言った通りだった。
(ただ気づいてくれるだけでも嬉しいのに…! 『明るくした』ってことに気づいてくれたし、前のも今日のもステキって言ってくれた!)
他の誰でもない彼にそう言ってもらえたことが、ムツミを大いに喜ばせた。
しかし、喜びの陰には小さくない代価が存在する。彼女の笑顔に、わずかな苦みが差した。
(くぅーっ、大枚はたいてディオーレの新色買ってよかった…!)
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