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財布から千円札たちを解き放ったのは無駄ではなかったと、ムツミは思わず目元を拭う。
しかし彼女は泣いているわけではなく、目元に涙はない。当然、拭った指が濡れることもなかった。
指を下ろすと、彼女はふと冷静になる。
泣き真似を終えたことで、気持ちが落ち着いたようだ。
(この子、やっぱりどう見ても年下よね…)
今も提供の準備を進める店員を見る。
(2つ3つじゃなくて……6とか7とか、けっこう下だと思う………年下の男の子に舞い上がって、みっともないとは思うけど…)
その時、店員が振り返った。
カップに入ったドリンクを、彼女の前にそっと置く。
「お待たせしましたぁ。アイスのソイラテですっ」
少し舌足らずな口調とかわいらしい微笑みが、ムツミの冷静さを瞬時に蒸発させた。
(みっともなくてもいい! ずっと見ていたい、この笑顔…!)
だが商品が来てしまったなら、料金を払って席に向かわなければならない。それがこの店を含め、ほとんどのコーヒーショップにおけるルールである。
ルールを破って、彼を困らせるわけにはいかない。名残惜しさを感じるムツミだったが、それを表に出すことなく支払いをすませた。
「じゃ、じゃあ、これで」
「はい、ありがとうございますっ。どうぞごゆっくりぃ」
「どうも…えへへ」
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