夢ヲ写ス者

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「やけに機嫌がいいですね。昨日の夜とは大違いですよ」  友人の砂山の言葉に、僕は目を見開いた。そんな僕には目もくれず、死んだ魚みたいな目をした彼女は、気怠そうにフォークを動かす。毎日食べている学生食堂のパスタは、もう残り少ない。それを一瞥して、僕はため息をつく。 「なんでわかる。何も言っていないぞ」 「気が付いていないようですが、貴方は、怒り以外の感情を表現するのがうまいのですよ。……まあ、常に笑顔だってことに変わりはないですが」  そう言った砂山は、フォークを口に入れた。その顔がほんのわずかにほころぶのを見逃さない。いつも無表情な割には、かなり現代っ子らしい顔をする女性である。 「かわいい」 「うるさいですね。関係が誤解されます」  僕らは恋人ではなく、友人関係である。そう、僕だけが思っているのかもしれないが。ただ、砂山は、僕が唯一心を許せる人間であるといってもいい。なんせ彼女は、心が広いのだ。 「昨日話していた後輩さんのことで、何かいいことでも?」 「なんでわかる。僕は何も言っていないぞ」 「それは先程も聞きました。……しいて言うのであれば、私たちはよく似ているのですよ。私には、貴方のことが何故かよくわかります」 「うれしいことだと取っておくよ。……まあ、半分正解かな。怒りの感情が収まったとだけ言っておく」 「なるほど」  砂山が再びナポリタンを食べ始めたので、僕も自分の昼食を取り始めた。静かな食堂に、食器の音だけが響く。ちなみに、今日の僕の昼食は、学食特製定食だ。中でも一押しは卵かけごはんである。親の目がない今、三角食べを気にする必要などないので、最後に残してある。 「砂山、黒水取って」 「……醤油を黒水という癖はやめませんか。そもそも、それはどこから来ているのです」 「……悪い。醤油、取って」  黙って手渡された醤油をかけながらため息をつく。今でこそ良くなったが、昔は妙な言葉を多く話していたらしい。その癖の名残が黒水。初めての相手には、もちろん通じない。 「まあ、わかるから良いのですが、後々困りそうですね」 「親父と同じこと言わないでくれ。これでもかなり直して、あとは黒水だけなんだぞ。あ、間違えた。醤油」 「……まあ、良いでしょう」
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