お祓い

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 ――ほシい  今度は耳元から聞こえる。ゾワッとした感覚が体を駆け抜け、反射的に声がした方を振り向く。  人の形をした黒い靄が僕のすぐ背後にいた。反応したのが嬉しかったのか、キャラキャラと笑い始めた。  家中から響いてくる声を無視してぬいぐるみが置いてある寝室へ向かう。笑い声は真後ろから絶え間なく聞こえる。僕についてきてるようだ。もちろん振り返ってやらないが。  寝室のドアを開けて、クマのぬいぐるみが置いてある机の前に立つ。ぬいぐるみの埃を払い手に取ると、ガタガタと寝室が揺れ始める。笑い声が止まり、ほしいほしいと泣き喚く。 僕が着ているシャツの端を掴む気配もあった。振り切るのは簡単だ。子供の腕力じゃあ大人には敵わない。これが流産してしまった最初の子であれば逡巡したかもしれない。しかし、あの子は声を発することなくこの世を去った。  気味悪い空間から抜け出すべく、ぬいぐるみを抱えて駆け出す。家の外に出てからも声が聞こえる。クマのぬいぐるみに憑いている証拠だ。  急いで物置へと行ってガラガラを持ち出す。このまま神社に行ってお祓いをしてもらう。これで家の問題は解決だ。 「ちょっと遠いけど、自転車の方が良いか……」  声が忙しなく聞こえている状態での運転は事故を起こしてしまうかもしれない。普段はどこに行くにも車だから自転車の出番はほとんどないが、今は安全のために自転車が良いだろう。  もうすぐ日が落ちる。この時間帯が一番事故を起こしやすい。僕はそう判断して、数年ぶりに自転車に乗った。  神社は車では十分もかからずに到着するが、自転車だと二十分はかかる。久しぶりの自転車は上手く漕げない。神社に辿り着く頃にはすっかり息切れを起こしていた。その間、声はずっと聞こえていた。背中が肌寒い上に重い。しかし、神社の中に入った瞬間、声は聞こえなくなった。  気分も良くなってきたので、今のうちにと設楽さんを探す。前回は木の陰から出てきたが、今はどこにいるだろう。境内を見渡していると、社務所の玄関が明るくなるのが見えた。
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