一万円札

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「オイ、いくら新人だからってお前、給料はちゃんともらってんだろ」  男はきっと、その光景を見ていたのだ。単に想像でしかないが、一生懸命頑張る若者を、馬鹿にしたり邪険にする人間を許すことが出来ず、その都度陰で制裁を加えているのではないだろうか。何故だかその理由は分からないが、自分の想像が正しければ、この後の展開は自明の理である。見れば男は更に歩を早め、前を往く男との距離を詰めようとしている。そうだ、間違いない・・・。  その時だった。若い男が不意に立ち止まり、その足元に散乱したゴミを、拾い集め始めたのである。空き缶に、カップ麺の容器、それに割り箸と、パンの袋。若い男は、空き缶を近くの自販機のゴミ箱へ入れると、共に落ちていたレジ袋の中に、残りのゴミを集め始めた。そこへ、突然夜風が舞い、パンの袋が、男の方へ飛んで行ってしまったのである。すると男はそれを拾い上げ、若い男へと近づいていった。 「あっ、すいません」  と、男からパンの袋を受け取ると、若い男はそれをレジ袋の中に入れ、 「本当、マナーがなってないですよね、最近の人間は」 「そのゴミを、君はどうするの」  男の声を、初めて聴いた。 「家に持って帰って、自分んチのゴミとして捨てときますよ」 「・・・悪かった」  ただ、苦し気な表情でそれだけ言うと男は、若い男を追い越し、先へ先へと、道の向こうへと消えて行ってしまった。  思うに男は、正義感が強く、常に何かしらの「怒り」を抱えて、毎日を生きているのだろう。ただ、その怒りの本質がつかめずに、それをどこへぶつけたらいいのか、悶々としているのではないか。とんだとばっちりを受けてしまった自分であるが、その日を境に、世の中を見る目が変わっていった。あの晩、男に放り投げられた一万円札は、まだ、この内ポケットの中にある。今、この金の使い道に、悩んでいる。物凄く真剣に、悩んでいる。
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