月明かりの下で

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次第にキャンバスにリュカの姿が現れる。 「君は谷の守り人だね」 トマスは穏やかな表情で言った。 「……うん。族長から、『谷を守ってくれ』って言われてる」 さわさわと触れるくらいの風が吹いて、辺りに花の芳しい香りが漂った。 「だから、谷のことは他の人には言わないで」 「分かってるよ」 意外にも、トマスはすぐに返事をした。リュカに言われなくてもそうする、という口ぶりだった。 「言ったろ? 僕は画家なんだ。何人も描いてきた。ユーステラの花のことを教えてくれたミレネって子。美しくても『本当の』笑顔じゃなかった。……僕は仕事に嫌気がさしてたから、とにかく美しいものが描きたかったんだ」 トマスのビン底メガネが光っており、その目がどんな表情をしているのかリュカには見えなかった。 「僕が(えが)きたい『人』を描くのは、君が最初かもしれない」 そしてトマスは筆を置いた。 はあっ、と爽やかな顔で空を仰ぐ。冷たく澄んだ、朝の空気が辺りを包んでいた。東の空は薄っすらと明るくなり、ユーステラの花びらが透けていく。トマスは再び感嘆の声を上げた。 「世界は、美しいなあ!」
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