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青年は大きなリュックを背負って煉瓦造りの小さな家を出た。コートの胸ポケットには、目的地への地図が入っている。
先日絵描きになると宣言した彼に、父親は古い地図と数枚の絵を見せてくれた。
描かれていたのは、幻想的で今にも消えてしまいそうな白い花や、深緑色の帽子をかぶった肌の白い少年。彼の絵は数枚あり、成長していくにつれて柔らかい笑顔を浮かべるようになっていた。
庶民を描くことで有名だった五代前の画家トマスが遺したものだと、彼の父は言った。あれから一週間。自分の目でユーステラの花を描こうと準備を整えてきた。
「“満月の夜が最高の花見日和。その花を摘んではいけないよ”」
青年は呟き、まもなく満ちる月を仰いでニッコリと笑った。
〈了〉
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