177人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
第17章 「このお顔が目に入らぬか」ってやつだね
翌朝。
宿を出た俺たちは、バックスの村に向かった。
数日間、ごく平凡な旅が続く。モンスターは出現したが、特に問題もなく撃退。
夜になると街道沿いにある小さな宿屋に宿泊。また魔王軍が襲ってくるかと思ったが、特にそういうこともなく。
数日後、俺たちは予定通りバックスの村に到着した。
標高数百メートルの山々の麓にあるバックスの村は、これといった特徴もない、木造家屋が何十軒か立ち並んでいるだけの平凡な村だったわけだが、
「この村にいる、ゆうしゃありあ、という方を探せばいいのですね?」
ルティナ姫が言った。
ルティナ姫とアイネスには、すでに事情を話している。
魔王を倒すのは本来勇者の役割。なのに、現れるべき勇者アリアはいまだに姿を見せない。
だから俺たちは、その勇者アリアを見つけ出さないといけない。
見つけ出せる、はずだ。たぶん。
「とにかく、勇者がいるのかいないのか。そこだけははっきりさせておきたい。そうしないと気持ち悪いからな」
で、村に入る。
のどかな風景が広がっていた。
作物を作っている畑があり、農民たちが牛を引いて、なにやら農作業をやっている。
田畑の横では子供たちが駆け回っていた。そして井戸端では子供たちの母親らしき女性たちが集まり、笑顔でおしゃべりを交わしている。
「よし、とりあえず聞き込みといくか。勇者アリアのことを尋ねてみよう。――すみませーん!」
俺は手を挙げて、笑みを浮かべる。
あくまでも友好的に、井戸端に集合している女性たちに声をかけた。
つもりだった。
なのに。――びくっ!
女性陣は、怯えたように俺のほうを見てくる。な、なんだ?
「「「「「…………」」」」」
警戒心、剥き出しの目。
まるで犯罪者を見るようなまなざしに、俺は戸惑いながら、
「え、ええと……すみません。人を探しているんですが」
「「「「「…………」」」」」
「この村に、アリア、というひとはいませんか? いるはず、なんですが」
「アリア……?」
女性のひとりが、やっと反応してくれた。
そして、他の女性陣とそっと視線を交わしてから、
「知らねえな……」
「うん、知らん」
「分からんなあ」
女性陣は警戒しながらも、いちおうこちらの質問には答えてくれた。
そうかー、分からねえかー。知らないなら仕方ないな。
「そうッスか、どうもすみませんでした。他のひとに聞いてみます」
「「「「「…………」」」」」
村人たちのうろんげな視線を背中に感じながら、俺はルティナ姫とアイネスのところへ戻る。
「ダメだ、知らないってよ」
「そうですか。……しかし、なんといいますか……冷たい対応ですね」
「田舎とは、こういうものですよ」
アイネスがさらりと言った。
「旅人などめったに来ない場所のようですし、突然現れた我々を警戒するのは当然のことかと」
「それもそうか……」
しかも魔王軍が暴れ回っているご時世なら、なおさらのことだろう。
考えたら、俺の故郷の村も旅人がやってきたら、その夜はその旅人のうわさが酒のつまみになっていたな。娯楽が少ない田舎だから、旅人が来ることそれ自体が珍しかった。中には身分や素性が分からないよそ者が来ることを嫌っていた人もいたし。そういうもんかもな。
「とはいえ、ここまで来たのにアリアのことを調べないのもシャクだ。もう少し聞き込みしていこうぜ」
俺がそう言うと、ルティナ姫とアイネスはうなずいた。
で、俺たちは村のあちこちでアリアのことを聞いて回った。
勇者というキーワードに覚えはないか。アリアという人間がわずかな期間でもいいからこの村にいなかったか。だいぶん入念に聞いて回ったのだが、しかしその結末は、
「だめだーーーっ!」
くたびれた俺は、ばたんと横になった。
村の外れにある小川の横である。ルティナ姫とアイネスも、転がっていた大きな石の上に腰かけて息を吐いた。
「まったく手がかりなし、ですね……」
「エルド。そのアリアという人物は本当にこの村出身なのか?」
「そのはずだぜ。確かなスジからの情報だ」
なあ、リプリカ様?
心の中でそっとささやきながら、ふところに入れていた宝玉を取り出す。
『ザザザ……ザザザザ……』
相変わらず雑音しか発しない。
リプリカ様に相談してえなあ、くそ。
「エルド。そろそろ陽も暮れる。この村には宿もないようだが、どうする? 昨日泊まった宿まで戻るか?」
「また何時間もかけて戻るのか……。それにせっかくバックスの村まで来たのに……」
「そうよ、アイネス。まだ、この村でできることがあるはずだわ。村長ともまだ会っていないし」
村長の家は、村の一番奥にあるようだ。
せめて村長にまで聞き込みをしてから村を去りたいな。
とはいえ、もう夜になりかけている。この時刻で聞き込みも失礼だ。今日のところはこれくらいにしておくか。
「とりあえずメシでも食おうぜ。腹が減ってはなんとやら、だ」
俺はそう言って、立ち上がった。
村の入り口に戻ろう。食糧と馬車は、あそこに置いたままだったのだ。
俺とルティナ姫とアイネスは、疲れた足を引きずるようにして村の入り口へと向かう。
すでに世界は暗くなっていた。夜だ。たいまつも馬車の中だから、魔法で足元を照らすしかない。――いや、でもまだギリギリ前は見えるな。魔法力温存のためにも馬車までは普通に歩いて――
「うわっ!?」
そのとき突然、アイネスの悲鳴が聞こえた。
振り返ると、アイネスの身体はさかさまになって、かつ宙吊りになっている。
その右足には、樹木から伸びたロープが巻き付いていた。なんだ、これは。……罠!? ロープを使った罠か。夜で視界が悪くて見えなかったんだ!
「な、なんだこれは。なんで村の中にトラップが……ぐ、ぐぬぬ」
「アイネス、動かないで。いま助けてあげるわ! ……エルド様!」
「ああ、すぐにロープを切ってやる! ……だけど、なんでこんな罠がここに?」
狩猟用にしては変なところに仕掛けてあるな。
そう思いつつも、ロープを着るために剣を抜いたときだった。
「かかりおったな、うろんげなやつらめ!!」
突如、叫び声が聞こえた。
振り返る。すると、そこにはたいまつを持ったハゲ頭のじいさんを先頭に、村人たちが何十人も勢ぞろいしていた。それぞれ、その手には剣だの弓だの、こん棒だのを持っていて、友好的な空気とは言えない。
「な、なんだ、あんたら……」
「ワシはこのバックスの村の村長じゃ」
じいさんが言った。
「村の者たちに妙なことを聞いてまわっていたよそ者め。なにが目的じゃ」
「なにがって……この村出身のアリアってひとのことを探しているんだ。それだけだ」
「アリアなんて者は知らん! そんなタワゴトでごまかされはせんぞ!」
「タワゴトじゃねえって!!」
俺はくちびるを噛みしめながら、必死に叫ぶ。
参ったな、この村の連中はそうとう懐疑心が強いようだ。俺たちの行動を怪しみまくっている。
どうする。戦うのは簡単だが、普通の人間を切り捨てるわけにもいかない。誤解を解きたいところだが――
「あ、あのあの!」
そのときルティナ姫が叫んだ。
「わたしたちの目的は、本当に、アリアという方を探しに来ただけなんです。この村に危害を加える気は毛頭ありません。ですから――」
「なんじゃ、女までおるのか。……危害を加えぬといってものう、よそ者なんぞ信用できたもんじゃないわ……」
「本当です! 嘘だと思うのならわたしの目を見てください! これが嘘を言っている目に見えますか!」
「ふん、目付きひとつで虚実が分かるのであれば苦労はないわ」
そう言いながらも、村長は2、3歩歩いてこちらに近付いてきた。
そしてたいまつを掲げ、俺とルティナ姫の顔を照らし、じっと目を凝らして見つめ――
「……る、る、ルティナ姫様!?」
突如、あんぐりと口を開けた。
「え……」
ルティナ姫は、ぽかんとするばかりだが。
村長は、がくがくと全身を震わせて、
「ま、間違いない。ルティナ姫様がどうしてこんなところに……。おおおおお、み、皆の者! ひれ伏せ、ひれ伏すのじゃ。こちらにおわすお方はディヨルド王国のルティナ姫様じゃぞ! 以前、王宮に作物を届けに行ったときにお見かけしたことがある! 間違いない!!」
「る、ルティナ姫!?」
「あの子、姫様なのかい!?」
「じ、冗談だろ、村長!」
「冗談なものか、馬鹿者ども! ひ、姫様、ははああああ……!!」
村長を筆頭に、村人たちは全員、その場に片膝を突き、頭を下げた。
「あ、あの、そこまでされなくとも。ここは王宮ではありませんし、どうかお顔を上げてください」
「ははっ! し、しかし姫様。どうしてこのような田舎に……。それに姫様は魔王によって、とらわれの身となったと聞いておりましたが……!」
「確かにとらえられておりました。しかしそこを、こちらの魔法戦士エルド様に助けていただいたのです」
「え、エルド様。魔王軍から姫様を助けるほどのお方とは……。知らぬこととはいえ、このようなご無礼。どうかお許しくださいませええええっ!!」
村長は、地べたに頭をこすりつけて謝罪してくる。
俺は慌てて、
「いやいや、もういいって。分かってくれりゃいいんスよ!」
「いえ、それでは我々の気が済みません。ああ、我々はなんということを……。どのようにしてお詫び申し上げればよいか……!」
俺とルティナ姫は、互いに視線を交わし合った。
困ったな、ここまで謝らなくていいんだけど。……どのようにして、と言われてもなあ。
ん。
待てよ、そうだ。
「なら村長。ひとつだけ頼みがあるんだけど」
「ははっ! 救国の英雄、エルド様の頼みとあらばなんなりと!」
「……今夜、村に泊めてくれない? 俺たち、宿無しなんだ」
笑みを浮かべてそう告げると、村長はぱっと顔を上げた。
そして、わずかな間、茫然自失としていたが、すぐに笑顔になり、
「お安い御用でございます! 何日でも何か月でも泊まっていってくださいませ!」
よし、今夜の宿ゲット。
野宿をせずに済んだことに、俺とルティナ姫は笑みを交わし合った。やったぜ。
とりあえず今夜はここに宿泊。で、明日、改めてアリアのことを調べるか!
「……おーい、エルド。……姫様ぁ。…………ふたりとも…………私のこと……忘れているだろう…………。くっすん……」
俺とルティナ姫の背後で、宙吊りにされているアイネスが涙目になっているのに気付いたのは、きっかり3分後のことだった。
最初のコメントを投稿しよう!