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こみ上げる悔しさに手を握ったゼロスの手にオーウェンが触れる。そうして横たわる少年の体に懐から出した聖水をかけ、自身がつけていた金の十字架を胸に置き、小さな聖書を手にした。
この惨状を作り上げた人間の声とは、思えないものだ。静かに、だが確かに響く祈りの言葉は周囲に反響して神秘的に聞こえる。思わず十字を切って祈ってしまうくらいには、美しい声音だ。
そうしてひとしきり祈りが捧げられた後で、オーウェンは棺の中を覗き込む。隣りに立ったゼロスものぞき込み、そこに一人の男を見た。
一応、生きていた。だが誰の目から見ても先がないことは明らかだ。
ヒューヒューと細い息、開かない瞳、骨と皮に痩せ細った体の男は当然目を開ける事もしゃべり出す事もない。
「これが教祖の男です。なるほど、過剰なまでの儀式の目的はこれですか」
「え?」
「延命、もしくはこの男を神とするためだったのでしょう。生け贄を捧げ、それを供物に自らを邪神に売り込んで」
そんな事の為に子供が犠牲になった。言い知れぬ怒りがこみ上げてくる。だがゼロスが動くよりも前に、オーウェンのダガーが男の胸に埋まった。
音もなく、反応もなかった。放っておいても死んだだろう。胸を突かれたというのに、男の体からは血があまり流れなかった。
「これで、儀式を行う者と扇動する者を滅しました。後は、あれだけです」
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