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「弥生ちゃんはぁ、もう、告白はしないのぉ?」
愛華の間延びした喋り方の中に、茶化す空気は感じない。
おそらく本気で心配してるのだろう。
……ん? ”もう?” ってコトは今まで告白した事があるんだな。
なのにいまだに片想いなのは、その男、弥生さんの告白を断ったのか……勿体ない。
多少の下品さは否めないが、厨房にお礼の言える美人じゃないか。
俺なら即OKなのに。
愛華の問いに答える前に、「本橋! 焼酎お湯割り、梅干し入りで頼む」と言った後、女二人に向き直った弥生さんは、何度目かの溜息をついた。
「愛華ぁ、ゴメン。彩には言ってあるんだけどさぁ、カレね既婚者だったの。その事……愛華に隠してた訳じゃないんだけど、言い出すタイミングが分からなくって……」
「嘘! だって最初は独身だって言ってなかった!? そのカレ嘘ついたの? そんなの許せないぃ!」
プンプン怒り出す愛華を、どうどうと宥めながら弥生さんは続けた。
「いや……悪意の嘘じゃないんだよ。ちょっとカレには事情があってね、戸籍上は独身だし、結婚してから奥さんとまだ一緒に住んでもいないんだ。超遠距離? 的な感じで今は別々に住んでるの。理解されない特殊な事情だから、普段は独身で結婚の意思はないで通してる」
戸籍上は独身?
内縁の妻ってヤツか?
それにしても一緒にも住んでないって、おかしくないか?
その男、怪しくないか?
弥生さん、大丈夫か?
「最初知らなくてさぁ……だからアタシ……告白したんだもん。出会って一年後の七年前だったなぁ。あの時は『弥生は妹だから』って振られたんだ。でもま、そのあとも三十回告白したけど、全部振られたけど。とにかくさ、最初の告白で一時、気まずくなって、避け合ってたんだけど、五年くらい前に仕事で三カ月毎日一緒だったの。その時に……うぅ……うぅ……実は、お、お、お、奥さんがいるって言われてさぁぁ!」
うわぁんと泣き出す弥生さんに、焼酎のお湯割りを出しながら、気の利いた事も言えない自分が歯がゆかった。
女の涙は男の保護本能を大きく揺らすものなのだ。
あ、愛華の涙は別な。
あれはかなり独特だから。
笑いの神が降りてくるから。
泣きながら唐揚げを頬張る弥生さんは、子供のようだった。
顔をくしゃくしゃにして「熱っ! おいしい! 辛い!」と言う弥生さんは、気の強い女王様から、か弱い王女様になってしまったようで、チクリと胸が痛む。
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