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「愛華、おまえ、」
覚えててくれたんだな、と言おうと思ってやめた。
だってなぁ……ジリジリと間合いを詰めて、俺をガン見する愛華の目。
確実に待ちだ。
____俺の好みを覚えててくれたのか!
____マイスィートハニー!
____アイシテル! 今すぐ結婚しよう!
くらいの事を期待してる。
危ねぇっ!
下手に褒めたら捕まる。
ここにいるのは愛華だけじゃない。
彩さんと弥生さんもいるんだ。
超強力な援護射撃が来るに決まってる。
「えっと……なんだ、その、」
うまい逃げトークが浮かばねぇ。
俺は愛華から目を逸らした。
一言いえば十言で返ってくる、挑むまでもない負け戦だ。
逃げる事は恥じゃない、それもまた戦略のひとつ。
俺はそう判断し、カウンター越しの女王様に向き直った。
そして、
「弥生さん……ソルティドック、いただきます。カ、カンパーイ……」
と、華奢な手が持つ焼酎の梅干し割りに、チンッとグラスを重ねた。
乾杯、と言う割に、俺の声があまりに小さかったのだろう。
弥生さんと彩さんは、数秒の沈黙後、店中に響くようなデカイ声でゲラゲラと笑い出した。
「も、本橋っ! 声小せぇよっ! 乙女かよっ! 病弱キャラかよっ!」
「『カ、カンパーイ……』ってさ! どもるなよっ! 控えめかよっ! 大和撫子かよっ!」
ははは、なんて乾いた笑いを浮かべる俺は、チラリと隣の愛華を見た。
俺の好みを覚えていてくれたのに、こんなふうに無視をしてちょっとかわいそうだったかな……と心配したのだが、楽しそうに笑う彩さんと弥生さんを見て、一緒になって笑ってる。
客の前だから笑ってるのか、それとも落ち込んでた弥生さんが笑って嬉しいのか、その辺は俺には読めない。
ま……店終わったら、コンビニで愛華の分の饅頭も買ってやるかな。
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