君を食らわば風呂桶まで

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「あ……あきな、ちゃん。その……き、キス、今のが初めて、ってことですか」 「え、あ……は、はい……あ、あははっ、お、おかしいですよね! この歳になって、こんな見た目してるのにキスすらしたことない処女とか!」 「しょっ……! お、おかしくなんてないです! ……で、でも」  そこで言葉を切って、要は躊躇するように一瞬視線を泳がせてから、秋奈の目をまっすぐ見据える。最初は頼りなさそうに見えた瞳が、今は鋭く秋奈を突き刺していた。 「……秋奈ちゃん、もう一度聞きます。まだ、誰にも触れさせてないその体を、仕事を取るためだけに差し出すつもりなんですか」  要の質問に、秋奈は困惑して眉根を寄せた。そのつもりでいることは確かだが、「はい」とはっきり答えるのは何となく憚られる。しかし、要にその場しのぎの嘘をつくことも、当たり障りのない言葉を返すことも躊躇われて、秋奈はただ黙って頷いた。  それを見た要はさらに表情を険しくしたかと思うと、秋奈の手を痛いくらい強く握った。 「ひっ!? か、要さん?」 「……憎い、です。自分を大切にしてくれない秋奈ちゃんも、そんな秋奈ちゃんに汚い手で触れようとしている、知らない誰かも……っ、腸が煮えくり返りそうなほど、憎いっ……!」  低く唸るような声でそう言ったかと思うと、要はぎりっと唇を噛んだ。よほど悔しいのだろう、秋奈に触れる手はわなわなと震えている。  要さん、と秋奈がその名を呼ぼうとした瞬間、どさりと音を立てて視界が揺れた。 「わっ!? え……か、要、さん?」  秋奈の目に映るのは、苦しげな表情で自分を見つめる男の顔と、古びた天井の木目だけ。あまりにも突然すぎる事態に、畳に押し倒されたのだと理解するのに時間がかかった。
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