1.陛下と文房具(緊急要請)

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だが、文房具業界が生き延びる為には、もう一工夫が必要だ。 流行物好きな帝国民のこと、物を売って終わりでは直ぐ飽きられてしまう。 「それで文房具に関する生涯学習にも取り組んだが、  ブームが終われば毎回下火になるな…」 こうして文房具業界で新しい物が出てきたり、陛下のSNSでの呟きがゲームの対戦ネタになったりする御時世である。帝国汎用通信機(オホン)――ドクシャ界で言うスマートフォン――ばかり見ている帝国民も何となく文字を書いてみたくなり、いわゆる習字の様な生涯学習教室への通学者も何となく増える。しかし大半は、ブームが過ぎれば辞めてしまうのだ。 これを今、シダー長官は問題にしているが、原因の1つに帝国民の主たる性質が関係しているので厄介だった。帝国民の性質とは、主に三点ある。 1.頭と要領は良いが、いい加減で緩い。 2.好きな事や氣になる事はよく覚えているし周りに言いふらすが、AEM   の仕組みや経済の事など、難しくてどうでも良い事は直ぐに忘れる。 3.基本的に機械とゲームとアニメと流行物にしか興味が無く   「カッコイイ!」「ほしい!」と思った事は先ず実現しようとする。 つまり、再現開発品の購入など一時的なブームには乗るが、生涯学習という長期・定期的に行う必要のあるブームは途中で興味を失い易いのが通常運転。 しかし、一旦ハマれば “古い記録から万年筆に使いやすい壺入りインクを再開発した” “熱帯エリアの無い帝国でカカオの生産に成功” といった偉大な業績を残せる事を知っているので、シダー長官はもったいなく思うのだろう。 「教育部門から相談を受けて、日々試行錯誤させている。」 「もしかして、  “新人の現地実習ついでに社会の悩みでも解決しようか大作戦”の一環?」 「そうだな。お前達もいずれ関わるかもしれない。  それは追って指示しよう。」 陛下の文房具が影響を及ぼした分野は、博物館の展示品と学校の授業だった。 博物館のお題は“古今東西筆記用具”となり、トレジャーハンターが寄贈したり企業が再開発したりした万年筆や便箋などが展示された。次のお題は“歴代フォント一覧”になる予定だ。 一方、学校の授業に急遽手紙に関するネタが追加された。 そもそも、帝国での筆記とは、今やタッチペン・電子入力・ホワイトボードが主力である。当たり前だが、紙に文字を書く機会は皆無だった。 それで、先ずは手紙や関連文房具を授業に組み込ませた。 数学では、計算の対象を文房具に関する物にした。 理科では、インクを使った実験をした。クロマトグラフィでインクに含まれる色素を分けてみたり、とある植物に役立つ菌の胞子を染めてみたり、吸引式万年筆のインクが万年筆に吸い込まれていく仕組みから圧力を学んだり…やたら理科だけ熱いのは、担当教師がそうだったからで、此方からは提案しかしていない。 社会では、文房具の歴史を勉強した。資料集に掲載した陛下の文房具コレクションは、骨董品スキーには溜まらない物だが、果たして学徒達にその価値が分かるかどうかは不明だ。少なくとも、文化的に価値のある物だと分かってくれれば良いが。 国語では、手紙を書かせる練習をしてから、最終的に陛下に手紙を送らせた。 「それで陛下の執務室が子ども達の手紙で一杯になったので、  全ての手紙の電子データを残した上で優秀な作品だけ、  実施要項と共に博物館に送った。またやるかは陛下次第だ。」 「なんかひったすらスキャンした覚えがあるけど、アレだったんだ…」 それと、最後に… 総合学習では、関連業界の工場見学を決行した。 インク・紙・ペン・鉛筆・練り消し・筆・消しゴム…みんな帝国では風前の灯火だった物達だ。子ども達は興味津々だった。 先述の文房具業界インク部門に限って言えば、書籍電子化による株価大暴落で、企業の数も、生き残った企業の大きさも3分の1になっていた。 某統計ジャンキーによる趣味統計によると、株価大暴落時に経営陣が実行した事が企業の生死を分けた。 リストラと従業員の給与削減を決行した会社は冗談抜きで倒産した。 そして今、一番大きな企業とは、当時居た従業員と経営陣全員で大暴落を生き延びようと決めたあの会社だった。
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