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「…質問は以上か?」
「あ、物の説明をお願いします!」
ウチの陛下も凄いが通信部長官も凄い。もの凄く勉強になったが、肝心な所が答えられていないと思ったツクヨは即座に質問し直した。
「それでは、ええと…先ずは文香(ぶんこう)?から御説明頂けますか?」
「文香(ふみこう)とは、香りのする物を和紙という丈夫な紙に包んだ物だ。
手紙の中に入れて、季節感を出したり保存料代わりにしたりする。」
「それ、エッセンシャルオイルじゃダメなの?」
すかさずアスナからツッコミ――もうイチャモンと言った方が良いだろうか?――が入ったが、シダー長官は淡々と答える。
「構わないとは思うが、2点問題がある。
(1)精油の香りに陛下が慣れていない事、(2)揮発して直ぐ無くなる事。」
「あー、そっか…」
文香とは、エッセンシャルオイルという横文字が出てくる前に生まれた、古の叡智だ。横文字文化で言うポプリに近いだろうか。ともあれ、文香には白檀、沈香、丁字、八角、 桂皮、龍脳といった香木――珍しい木あるいは木から採れる物――が使われてきたが、これらが育つ場所とは熱帯エリアである。
立っているだけで汗が滝の様に流れる地域など、この極寒たる帝国メガロポリスには存在しない。何故かマンゴーの育つ不思議な地域はあるので、其の地で挑戦する帝国民も居る事は居るが、結果は出ていない。
「香料は最悪、線香を砕いた物で妥協して貰うが、
紙だけはいい加減になんとかしたい。」
「…和紙の模様をした紙で妥協して貰えないの?」
「前回はそれで妥協頂いた、和紙の季節から外れていたのでな。」
和紙はコウゾ・ミツマタと呼ばれる植物から作られる特殊な紙である。
「どんな植物…?」
「詳しくは知らんが、元は山に生える木だ。文香よりは生産を考えやすい。」
寒い時期――日本で言うと11月~1月スタートで、勿論1日で出来る代物ではない――に作成するが、此処は極寒たる帝国メガロポリス。
寒すぎて川が完全凍結するので電熱線を入れてみたり、なんならばと川の上に町を造ってみた所もある国だ。
だから4月~8月の暑い――日本で言うと春~初夏の気候だ、涼しい――時期にひたすら生産して、寒い時期に販売されるのだが。
「先週、和紙の販売時期に突入したのでな、今回は流石に調達しないと
サクリーナ城が吹っ飛ぶ。いやソレで済めばまだ良い方か…」
「はあぁー?!」
ミッション・インポ●シブルだとは思っていたが、失敗したら単にゲームオーバーでは済まない、トンでもない話になりそうだ。帝国軍通信部の新人、ヴァスカンダのアスナとヴァルトリピカのツクヨは、超頑張って関連企業の調査と連絡にあたった。
「なにそれ?! ふざけんじゃないわよ!!」
ヴァスカンダのアスナは、神経質なまでに――外側を長く、内側を短く――斜めに切り揃えられた朱色のセミロングと切れ長の碧眼から予想される通り、如何にもな気の強い女性だ。
今日も景気よく通信部課長に噛みついているが、コレは通信部課長限定の反応である。
ドクシャ界の常識ではまこと信じがたい光景かもしれないが、通信部課長は立て板の水の如くいなしながら彼女を育てていらっしゃるのでスルーしてあげよう。
「前から思ってたけどみんな陛下持ち上げ過ぎじゃない?!
何なの?神なの?一回死んでるの?」
「アスナ、勝手に人を殺さないで下さい。」
「そろそろ声のボリュームを落とせ。
それと、陛下は少なくとも亡者ではない。」
ヴァルトリピカのツクヨは、藤色の長いポニーテールと黒い眼鏡と眼をした、大人しい女性だ。
「仕事、全部、出来ました…」
「御苦労だった。夜食はどうする?」
「眼精疲労が酷いので寝ます…」
個性が際立っているアスナやユリに隠れてしまうが、頼んだ仕事は文句の一つも言わず確実にこなしてくれる非常にありがたい存在である。彼女が口答えした時は本当に困っている時なので、真摯に応えてあげよう。
「コレ解決したら絶対“手紙皇帝”って呼んでやるんだからー!!」
「…帝国至上主義の割に皇帝の扱いがぞんざいな」
「国は国民で出来てんのよ!!」
「そちら派か!!」
「ごはんできたよー。」
通信部情報課は今日も元氣だ。
もうすぐ明日になる空を、ほかほかの夜食と共に首都の防犯カメラから見る。
今宵は満月だろうか。それにしても何処か朧だ。
「むにゃ…きょうのごはんは番醤梅茶とザワークラフトと、おかゆだよー…」
そろそろ全員が仮眠入りするので、最後にヴァルトリピカのユリを紹介しよう。
インジゴのショートヘアと黄色い瞳を持った…本当に少女の様な女性だ。今回は物資補給要員として雑用と料理を担当したが、彼女は通信部情報課のみんなの為に“間のポジション”を担当している。のんびりほわほわとしている様で勘は鋭いので、温かく見守ろう。
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