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よくある恋愛小説なら、ここから僕と麗子博士の愛の物語が始まるのだろうが、現実はそんなに甘くはなかった。それから、大学内で会えば会釈くらいは交わすようになったが、それ以上の発展の気配は微塵も訪れなかった。
「あのとき、舞台装置が倒れてきて、本当にもうダメだと思ったわ」
麗子博士はコーヒーの缶を指先で弄りながら言った。
「僕も無我夢中だったんですよ。とりあえず、博士に覆いかぶさった所までは覚えてるんですけど、そこからの記憶はなくて」
「まあ、そうでしょうね。あなたは脳震盪を起こして、そのまま救急車で病院に運ばれたんだから。でもね、それで暴動は収まった。あのままだと、他の参加者だって危なかったわ。今でもあのときのことは感謝してる」
「ありがとうございます」
僕はそう言ってから、コーヒーを啜る。
「あなたがうちの研究所を希望してるって聞いたとき、本当に嬉しかったわ」
「えっ!!」
麗子博士の言葉に、“もしやこの展開は?”と、心臓が高鳴り始める。そして僕は、麗子博士の柔らかそうな唇が再び動き出すのを待つ。
「実のところ、私はあなたの大学時代の成績も、研究成果も知らなかった」
「そりゃそうですよ。僕なんて、成績は平凡だったし、大学院でもこれといって目立った研究成果はなかったですし」
「でもね、私はあなただったら、うちの研究所に相応しいと思ったの。だから、あなたのことは、すぐに父に推薦したわ」
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