A:ドロボー

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A:ドロボー

 出会ったとき、桜蔵はすでにドロボーだった。これだけ人懐っこい性格なのに、たった1人で、大企業に侵入していた。  だから、桜蔵はずっと一人で戦っていたのだと、珪は思っていた。  小柄な体躯で、端正な顔をして、よく目立たなかったものだと、感心する。 「(まぁ、ドロボーのときは真っ黒だし、ゴーグルも着けてるから、顔なんて見えないけど)」  1階のリビングダイニング。1人がけのソファーに、桜蔵はいた。桜蔵は、今、ふんふんと鼻歌を歌いながら、テーブルの上を占領している人工のもみの木を飾り付けていた。小さいサイズを買ったはずだったが、枝を広げてみると、思いの外、場所を取る。  珪は、ずっと、彼の正面に座って作業の様子を見つめていた。  つい15分前に、買い物から戻ってきた。いつものように、2人一緒に。  食材を買いに行ったBeansビルがクリスマス一色に染まっていて、毎年のことなのに、今年はなぜか、桜蔵がツリーの売り場で固まった。大きな目を、イルミネーションのごとくキラキラと輝かせて。 ーー ……買う? ーー ーー いいの?! ーー   そして、今に至る。 「珪ちゃん、楽しいっ!」  もみの木越しに、桜蔵の満面の笑みが見える。珪は、可笑しくてたまらなかったが、盛大に笑うと桜蔵が怒ることは目に見えていたので、小さく笑った。  表の仕事がひとつ終わった桜蔵は、季節も相まって機嫌がいい。
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