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スマートフォンは秘密を暴露するか?
ふみちゃんがキッチンで引き出しをかき回す音がする。しばらく戻って来ないはずだ。
僕はいつものようにふみちゃんの部屋のチェックを開始した。ふみちゃんに限って、浮気や心変わりなどないと信じているが、僕はふみちゃんを愛している。これはただの確認作業なのだ。
さて。まずは部屋全体を見回す。変わりなし。ベッド、少々の乱れ。でもこれはいつものことだ。異常なし。
テーブルに伏せて置かれたスマートフォン。ロックを手早く解除する。ふみちゃんは指紋認証ではなく、9つの点を線でなぞるパターンを使っている。スマートフォンをいじるたびに解除しているので、盗むのは簡単だった。
怪しいモノがあるとすればラインだろう、とアプリを開く。
おや? 見慣れないアカウントが増えている。だから伏せて置いたのだろうか? 心にさあっと黒いレースのカーテンがかかった。
キッチンの音に耳をすます。
「あれ? ないなあ。あると思ったのに」ふみちゃんは栓抜きを探し続けているようだ。
「ねえねえ、この前飲んだワイン、ネジの蓋だったっけ?」
ふみちゃんがひょっこり顔をのぞかせたので、僕は慌てて手に持ったスマホを背中に隠した。
「いや、コルクのだったよ。栓抜き、あるはずだからもう少し探してみたら?」
ほんのひとつまみ程の罪悪感を感じながら返事をした。なぜならふみちゃんが探している黄色の栓抜きは、僕のエプロンのポケットに入っているからだ。部屋のチェックをする時間を作るために、料理をしながらあらかじめ隠しておいたのだ。
ふみちゃんが再びキッチンへと姿を消したので、背中からスマートフォンをすばやく取り出す。急がなければ。
見慣れないアカウントを選択する。
アンリ:「よろしく!」
ふみ :「よろしくおねがいします」
まずはラインが繋がった挨拶だ。アンリ。女性名なのでひと安心。念のため、その後のやり取りにも目を走らせる。
アンリ:「この前教えてくれたコインランドリーの場所、よくわからないから、案内してもらえないかな?」
ふみ :オッケー(スタンプ)
アンリ:「よかった! じゃあ今度のWed.はどう?」
Wed. 水曜日か。今日は土曜日だ。ふみちゃんは看護師なので休みは不定期だが、仕事のシフトは全て頭に入っている。確か次の水曜日は休みだったっけ。
おそらくアンリさんとやらは職場が同じで、ふみちゃんの休みの日を知っていて提案しているのだろう。
ふみ :オッケー(スタンプ)
アンリ:おれいします。ランチどうですか?
ふみ :大したことじゃないから、気にしないでください
アンリ:ごめん、ほんとうはまだともだちいないから、ランチいってほしいです
ふみ :いいですよ!
アンリ:じゃあ、ふみの家の近くのコンビニエンスストアで十一時に待っています。
ふみ :YES! (スタンプ)
アンリさんは、引っ越してきたばかりのようだ。ラインアプリを終了しスマートフォンをもとのようにテーブルに戻しておく。
「やっぱり見つからない。後でコンビニで買ってくるよ……」
哀し気なふみちゃんの声が聞こえてきた。
そうだ、栓抜きのことを忘れていた。
「ふみちゃん、ごめん! 栓抜き、家から持ってきてたんだった」
自分の家から持ってきた栓抜きをカバンから出す。
「えっ、本当? さすが! 用意がいいね!」
……ごめんね、ふみちゃん。嘘を吐つくなんて、僕は悪い奴だ……。
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