66人が本棚に入れています
本棚に追加
サプライズ返し
水曜日の十時五十分、僕は偶然を装ってコンビニエンスストアにいた。仕事を休むことはできなかったが、昼休みを早くしたのだ。アンリさんもふみちゃんもまだ来ていないようで、店内には金髪の背が高い外国人の男性が一人いるだけだった。
偶然コンビニエンスストアで会ったら、ふみちゃんはきっと喜んでアンリさんに恋人です、と僕を紹介してくれるに違いない。サプライズだ。
おっと。ふみちゃんがやってきた。とっさに手近な雑誌で顔を隠す。
「あ、ドクターアンリ! 待たせてしまってすみません」
おや? いつの間にアンリさんは入店していたのだろう。姿を確認しようと、そっと雑誌の上から目だけ出す。
「私も今来たところです」
ふみちゃんが話している相手は、先ほどから店内にいる外国人男性だった。
アンリって女性の名前じゃなかったのか!
「休みですから、ドクターはやめてください。アンリと呼んで」
「じゃあ、アンリ。行きましょうか?」
(行かないで! ふみちゃん!)心の絶叫もむなしく、自動ドアを出ていく二人の背中に「ありがとうございました」という店員の声が投げられた。
どういうことだ……。
ショックのあまり、顔を隠していた雑誌の端を齧ってしまい、絶対に読むことのない「月刊住職」という雑誌を買う羽目になった。
会計を済ませ、コンビニエンスストアを走り出た時にはすでに二人の姿はなかった。肩を落として勤務先へ戻る道を歩く。手に持ったビニール袋の中には雑誌「月刊住職」。偶然とはいえ、これは「悟なさい」ということなのだろうか?
敵は金髪のイケメンだ。見た目では完全に負けている。
僕はしがない料理人。敵はドクター。収入も格段に負けているだろう。悲しい現実だが、僕が女でもアンリを選ぶ。
僕があいつに勝っているもの。それはふみちゃんへの愛しかない……。
流れる涙を擦り、こぶしを握る。悟ったことは、ふみちゃんは誰にも渡せないということだけだ。そこで僕は「愛のジロロ計画」を練り始めた。
「ジ」ぶんの魅力に気が付かないふみちゃん。
「ロ」スするなんて耐えられない。
「ロ」マンチックな想い出を最期に。
略して「ジロロ計画」だ!
ジロロというのは、ジロロモーニという自然派食品のブランドの名前からいただいた。いつも自然体のふみちゃんにぴったりだ。
「最期」そう。僕はふみちゃんを殺すつもりだ。殺してしまったら「ロス」=失う、という考え方もあるかもしれないが、ふみちゃんが僕の恋人である間に死を迎えたなら、それは永遠に恋人だということだ。だから死は「ロス」じゃない!
ロマンチックな想い出にふさわしい舞台は、遊園地に決めた。なぜなら僕には遊園地でやってみたい夢があるのだ。この際だから「ジロロ計画」で叶えよう。
その一、メリーゴーランドで馬に乗って手を振るふみちゃんの写真を撮る。
その二、お化け屋敷で、怖がるふみちゃんに抱き付かれる。
その三、観覧車で見つめあってチュー。
その四(死)、野原でお弁当を食べ、ふみちゃんにあーんをする。
さて、ジロロ計画を実行するべく、僕は山菜採りに出かけた……と見せかけて、実は猛毒を持つ植物、トリカブトを採集しに行った。
どこからどうみても山菜採りに来たように見えるように、服装にも気を配る。タータンチェックの長袖のシャツにトレッキングパンツ。靴はトレッキングシューズでは山菜採りには大げさなのでスニーカーだ。
あらかじめ調べておいた場所に行くと、簡単にトリカブトが見つかった。ただし新芽のこの時期、食用の「ニリンソウ」や「よもぎ」の葉と間違えないように採取しなければならない。スマートフォンで画像を見ながら慎重に葉を確認する。トリカブトの葉、一グラムで致死量に達するらしい。毒に触れないようにビニール手袋をはめ、茎から葉をちぎり取る。
春の陽射しのせいかビニール手袋をはずすと、じっとり汗をかいていた。腰を伸ばし、山の空気を吸い込むとすがすがしい気分になった。
(さて、帰ろうか……)と思ったが、タラの芽が目に飛び込んできた。
本物の山菜も採った方が自然かもしれない、と手を伸ばす。摘みながら移動していくと、ふきのとうやぜんまい、わらびなどもある……。
(夕食は山菜の天ぷらにしよう)
春の香りが漂う帰りの車中で僕は思った。
最初のコメントを投稿しよう!