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ゆ・う・わ・く日和
「フミ、彼はいつからどんな症状が出始めたのですか?」
ドクターアンリが聞く。病院の医務室でアルバイトをしていたのだ。
「十分ほど前から、口の中と喉が熱いと言い出したんです。汗がふき出て、顔も赤いし。熱中症でしょうか?」
「その可能性はあるよね。今日はいい天気。ゆうわく日和ね」
「ゆうわく日和? ふふっ。それは行楽日和の間違いじゃないですか?」
診療用のベッドに横たわる僕の上で交わされる、楽しそうな会話。
「Oh、間違えました。ゆうわく、意味、なんですか?」
「ええっと。異性を誘うこと、ですかねえ……」
真面目なふみちゃんは首を傾げて、考えながら言う。
「フミ、じゃあ今度僕にゆうわくさせてください。またランチ行きたいです」
ブランケットのはじを噛みしめる。ドクターアンリは最初から誘惑の意味を知っていたに決まっている。
「二人は同じものを食べた?」
「はい。ほとんど。一つのお弁当箱の中のものを、それぞれ箸で摘んで」
「それなら食中毒ではないかな。点滴しておくね。時間がかかるから、お茶でもどう?」
行かないでふみちゃん! 必死に目で訴えた。
「いいえ。側についていてあげたいので」
やっぱりふみちゃんは天使だ。
「じゃあ輸液が終わったら、声をかけてね」
ドクターアンリがカーテンの向こう側に去って行くと、ほっとして睡魔が襲ってきた。
(それにしても、ふみちゃんにはなぜトリカブトの毒が効かなかったのだろう? 草餅をまるまる一個食べたのに……)
眠りに落ちる瞬間に、疑問がしゃぼんのように浮かんで、消えた。
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