ジロロ日和

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ジロロ日和

 「え? 一人でメリーゴーランドに乗るの? やだあ、恥ずかしい」  空は青空、場所は遊園地。絶好のジロロ日和のはずなのに、早くも暗雲が立ち込めていた。  「そ……そっか、そうだよね。じゃあ、他の乗り物に行こうか」  ふみちゃんとやってみたいことその一が消えた。 首から下げたカメラをそっとはずしてリュックに仕舞う。カメラがプラスチックケースにぶつかり、バリっと音がなった。心臓が飛び跳ね、手を止める。気が付かれただろうか? ふみちゃんを盗み見ると、あちこちを見回していて音に気が付いた様子はない。  スーパーのお総菜が入っているような蓋つきのプラスチックケースには、トリカブトバージョンの草餅が入っているのだ。もちろん、このペラペラのプラスチックケースを選んだのには理由(わけ)がある……。  「あっ、お化け屋敷があるよ。行ってみようよ」  僕の物思いを断ち切るようにふみちゃんが指差した先には、壁が剥がれ建物の一部が壊れている廃墟のような病院が建っていた。お化け屋敷として造られたのだから、おどろおどろしいのは当たり前だが、外観だけでも恐ろしい。ホンモノが出たとしても不思議はないほど……。鉄球でも括り付けられたように、急に足が重くなる。しかし計画その一が消え去った今、その二に方向転換するべきだろう。   「じゃあ、行ってみようか」  僕はふみちゃんを背中にかばうようにして、勇ましく廃病院に足を踏み入れた。入口で貸し出されたペンライトを持ち、消毒用のアルコールの香りが漂う中を歩いて行く。ペンライトの頼りない光がさまよう。進行方向からは、くちゅくちゅという音や金属同士がぶつかる音が聞こえてくる。まるで手術中のような……。  消毒の匂いに血の香りが混ざったかと思うと、壁から突然……、  「ギャアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  叫んでしまい、喉がひりついた。  血みどろの手術着の患者風ゾンビが、腹から臓物を引きずって迫ってきたのだ。僕が叫んでしまったのは仕方ない、はずだ。  「あはは!」  場にそぐわない、軽やかな笑い声。これもまた新手のゾンビかと振り返ると、ふみちゃんがいつもと同じ顔で笑っていた。  「慣れているから全然平気!」  そういえば、ふみちゃんは看護師だったっけ。笑顔で僕の腕に自分の腕を絡めると、ハイキングでもしているような足取りで僕を引っ張って歩き始めた。  計画その二は……連行、そんな言葉が浮かんだ。  計画その三、観覧車で見つめあってチュー。しかしうっかりしていた。僕は自分が高所恐怖症だということを忘れていたのだ。観覧車を下から見上げただけで足が震える。計画その三はなかったことにする。  しかし、と僕は思う。大事なのは計画その四(死)、野原であーんだ。もちろんあーんするのはトリカブト草餅。アンリを切り刻むつもりでトリカブトを刻み、すり鉢で擦って練りこんである。  当然お昼は遊園地内にある野原で、お弁当を食べることにする。ピクニックシートを広げ、お弁当と草餅の入ったプラスチックケースをリュックの中から取り出す。  「わあ。草餅? さっきジェットコースターの前で売っていたね。いつ買ったの?」  そう。草餅は期間限定で遊園地のワゴンの出店で売られているのだ。販売されているものと同じ容器なら園内のゴミ箱に捨てても違和感がないだろう。プラスチック容器にトリカブト草餅を入れてきたのは、証拠隠滅のためだ。  「いや、これは僕が作って来たんだよ」残念そうな顔を作って付け加える。「遊園地でも売っていたんだね。知らなかった」   「手作りの方が美味しいよ!」ふみちゃんの笑顔が眩しい。「ヨモギなんてどこで摘んだの?」  「うちの近くの河原に生えているんだ」  詳しく場所を説明しながら、調べておいてよかったと思うと、自然に笑みがこぼれた。
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