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火葬場の待ち時間は長かった。
史郎は外の空気を吸おうと、待合所を抜け出し、玄関へと向かった。長い廊下の窓から、さんさんと輝く太陽を見上げる。今日も暑い日だった。
玄関の自動ドアの前まで来て、ふと足を止めた。ロータリーに鎮座している大きな花壇の隅に、見覚えのある男の姿があった。
確か、焼香の時にも見た顔だ。大柄な体を縮ませるようにして、花壇の縁に腰掛けてタバコを吸っている。
史郎は自動ドアをくぐり、玄関のひさしの外に出た。冷房の涼しさが消え去り、身にまとう空気が一気にぬるくなる。
花壇の側まで歩み寄ると、その男に声をかけた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
男はきょとんとした顔で、史郎を見上げた。
「花月史郎と申します。葉子の夫です。去年、新宿の大学病院でお会いしました。覚えてませんか?」
「ああ、あの時おじさんと一緒にいた――」
その男は日高樹の長男、一正だった。
一正は顔を綻ばせて立ち上がり、会釈をした。
「葉子ちゃんの旦那さんだったのか。いや、大人になってからは、あんまり会ってなかったからなぁ。……葉子ちゃん、大丈夫?」
「ええ、なんとか頑張ってるみたいです」
「そっか。貴方も昨年の父の時には、色々とありがとうございました」
「いえ、僕は何も」
「おじさんには、ずっとお世話になってたから、残念です」
「ええ、本当に」
「寂しいなぁ……祖父も、母も、父も、雨野のおじさんも、みんないなくなってしまって」
そう言うなり、一正の目に急に涙が溢れた。
「あ……はは、すみません」
涙はぽろぽろと、止めどなく溢れてくる。一正は気まずそうな顔をして、それを指で一生懸命払っている。
史郎は咄嗟にハンカチを出そうと、ポケットに手を突っ込んだ。――突っ込みかけて、ふと止めた。
どうしようかと少し悩んでから、史郎は一正の腕を掴んで、花壇に座らせた。そして、その隣に腰掛けると、そっと肩を抱いた。
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