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樹は立ち上がり、座敷の方へ向かった。
押し入れから桐の箱を取り出し、蓋を開ける。送られてきた手紙を仕舞う為の箱だ。
手紙の束の一つを手に取り、結ってあった紐をとき、一番上に戦友の死亡報告を重ねた。
それを箱に収め、樹はぼんやりと見下ろした。
桐箱の中にはたくさんのハガキの束があった。しかし本当なら、そこにはもっと、たくさんの手紙が収まっているはずだった。ほとんどは燃やしてしまったのだ。雨野から届く愛の手紙はいつも、間違っても誰の目にも触れぬようにと燃やしてきた。
ゴホゴホとまた激しく咳き込んだ。
肩で息をしながら、口元を押さえていた手のひらを見下ろす。
自分が最期に会いたい人は誰だ?
自分が最期に語りたい人は誰だ?
自分が最期に想いを伝えたい人は誰だ?
赤く染まった手のひらを見ながら、樹はぼんやりと考える。
そして寂しく微笑んだ。
「……僕には、貴方しかいませんよ」
気付けばそんな独り言を呟いていた。
音を立てて風が吹き、窓がガタガタと揺れた。目を向けると、空にはいつの間にか黒い雲が広がっている。
樹は窓辺に歩み寄り、暗くなった空を見上げた。またひとつ咳が出た。嵐が来そうだ。そう予感しながら、雨戸を閉めた。
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