8 風

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 樹は立ち上がり、座敷の方へ向かった。  押し入れから桐の箱を取り出し、蓋を開ける。送られてきた手紙を仕舞う為の箱だ。  手紙の束の一つを手に取り、結ってあった紐をとき、一番上に戦友の死亡報告を重ねた。  それを箱に収め、樹はぼんやりと見下ろした。  桐箱の中にはたくさんのハガキの束があった。しかし本当なら、そこにはもっと、たくさんの手紙が収まっているはずだった。ほとんどは燃やしてしまったのだ。雨野から届く愛の手紙はいつも、間違っても誰の目にも触れぬようにと燃やしてきた。  ゴホゴホとまた激しく咳き込んだ。  肩で息をしながら、口元を押さえていた手のひらを見下ろす。  自分が最期に会いたい人は誰だ?  自分が最期に語りたい人は誰だ?  自分が最期に想いを伝えたい人は誰だ?  赤く染まった手のひらを見ながら、樹はぼんやりと考える。  そして寂しく微笑んだ。 「……僕には、貴方しかいませんよ」  気付けばそんな独り言を呟いていた。  音を立てて風が吹き、窓がガタガタと揺れた。目を向けると、空にはいつの間にか黒い雲が広がっている。  樹は窓辺に歩み寄り、暗くなった空を見上げた。またひとつ咳が出た。嵐が来そうだ。そう予感しながら、雨戸を閉めた。
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