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樹がふと俯く。
その横顔は、じっと何かを考えているように見えた。「どうした」と声をかけようとすると、樹は急に真剣な眼差しになり、雨野と向かい合った。
「正太郎さん、僕は」
重なった樹の手に微かに力がこもる。
「僕は……」
一体どうしたのか。雨野は言葉の続きを待った。
樹の顔はどこか苦しげだった。何かを懺悔しようとして、言葉を必死に探しているかのようにも見えた。
沈黙が流れる。
雨野は続きを促すように、樹の顔を覗き込んだ。しかし、樹はしゅんと肩を落として、うなだれた。
「……いえ、やっぱり何でもありません」
「なんだよ?」
心配になり、そっと背を撫でると、樹は何故か悲しげな顔をした。そして身を乗り出し、雨野の胸にすがりつく。
雨野は驚いたが、その細い体を受け止め、力強く抱き返した。樹は雨野の肩に顔を埋めて、じっとしている。背をさすった。皮膚の下の、骨の感触がする。
二人が出会ってから、本当に長い長い年月が過ぎたのだ――その実感と共に、雨野は目を閉じた。
瞼の裏に、まだ若かった日の、二人の思い出の光景が浮かんでくるような気がした。
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