9 炎

8/8
前へ
/82ページ
次へ
 手が震えた。視界の文字が滲む。  手紙を胸に抱きしめて、涙をこらえた。  そして雨野は手紙を再び封筒に仕舞い、灰皿の上でライターの火にかざした。  愛の言葉を記した手紙は、誰にも知られぬように、言葉だけ心に留めてその都度焼くことが、いつの間にか二人の習慣になっていた。  白い紙にふわっと赤い炎が移る。  その瞬間、どうしようもない悲しみと虚しさがこみ上げ、雨野はとっさに封筒に燃え移った炎を、手でもみ消した。  手のひらを開く。端が焦げた封筒と、赤くなり水膨れのできた手のひらに、ぽつぽつと涙が落ちる。  雨野は泣いた。静かな嗚咽が、明け方のぼんやりと明るい部屋の中に満ちていった。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

284人が本棚に入れています
本棚に追加