10 託すもの

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「金庫の中に、一緒に端の焼け焦げた封筒が入っている。その封筒は、俺が死んだ時に一緒に棺桶に入れてほしい」 「封筒……それも僕が目を通して良いものですか?」 「……いや」  静かに首を横に振る。 「それだけは、誰にも見せぬという固い約束があるものだ」  史郎は納得したような顔で、何度か頷いてから、妙に優しい表情で聞いた。 「なぜ僕を、信用してくださるんですか?」 「君は脳天気な男だが、冷静で洞察力があるからだ」 「ひどいなあ。そんなに脳天気かな、僕」  まいったな、と頭を掻いて史郎はへらへら笑っていたが、まっすぐに雨野を見つめて言った。 「わかりました。全て僕に任せて下さい」  雨野は深く頷く。 「引き受けてくれるか」 「はい」 「葉子や妻には、知らせちゃならねえことだ。俺は、秘密は秘密のままにして逝きたい」  ――それが、生前の樹の望みだったからだ。 「金庫を開けるのは、葉子や妻がいない時に」 「わかりました。その通りにします」  雨野は史郎の手を両手で握った。  史郎は思いがけないことに驚いたようで、その手と雨野の顔とを交互に見た。 「俺はもう、長くはない」 「お義父さん」 「死ぬことは怖くない。だが最後の願いだけは、それだけはよろしく頼む」 「はい……必ず」  史郎は手を力強く握り返した。 「僕はあなたの息子です。信じて下さい」  雨野はその言葉を聞くと、ようやくホッと肩の力を抜いた。  史郎は病室を出てロビーへ向かった。  ソファに座って篤郎をあやしていた葉子が、顔を上げる。  ひらひらと手を振って歩み寄ると、葉子は立ち上がり 「お父さん、何だって?」  と、不安げに尋ねた。  安心させるように、史郎はにっこりと笑ってみせた。そして 「後のこと、よろしく頼むって話さ」  と言って、葉子の肩をぽんと叩いた。
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