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雨野に願いを託された日から数週間。
史郎は隠し金庫を開けるタイミングを、何度も見計らっていた。
雨野宅に行けば、必ず義母か葉子が近くにいる。泊まった日の夜に――とも考えたが、物音で誰かが起きてくる可能性は捨てきれない。あの義父からの、必死の頼みだ。どうしても慎重にならざるを得なかった。
「ねえ、買い物に行きたいんだけど。史郎、車出してよ」
夕刻。葉子の声に、史郎はソファ越しにリビングを振り返った。
鞄を持って出かける準備をしているのは、葉子と義母の二人――これはチャンスかもしれない。その事に気づくやいなや、史郎は突然自分の腹を押さえて、わざとらしく唸りだした。
「うひょお?! 痛っ、イタタ……なんでか分かんないけど僕、お腹が痛いわぁ!」
「ええ?! ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。しばらくトイレに籠もってれば治まるから! 買い物は二人で行ってきてよ」
「でも」
「篤郎は僕が家でみてるから。その方が、葉ちゃんも楽でしょ?」
史郎は葉子の腕から、赤子をひょいと奪った。顔を覗き込むと、篤郎はふにふにと機嫌良さそうに笑っている。
「あのさあ、お腹痛いとか言ってる人に任せて平気なワケ?」
「いーからいーから! あイタタタ」
史郎は篤郎を抱き抱えたまま、トイレに駆け込んだ。
扉の外から、葉子の呆れたような溜息が聞こえる。
「ちょっとー……。しょうがないな、行ってくるよ?」
「行ってらっしゃーい」
しばらくして玄関の扉が閉まり、車のエンジンがかかる音がした。
息を詰めてその気配を探っていた史郎は、シンとあたりが静まりかえると同時に、トイレから飛び出した。
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