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仏間に行き右往左往して、とりあえず座布団の上に篤郎を置いた。
それから仏壇の下段の引き出しを全て引っこ抜く。抜いた引き出しを見ると、奥行きのある仏壇に対して、長さがやけに短かった。
仏壇の中を覗いてみた。薄暗いが、確かに奥の方でダイヤルが光っているのが見える。
「マジかよ。随分と警戒心が強いんだなあ、お義父さんって」
思わず独り言が漏れた。
小走りでリビングの方へ向かい、アルミケースを片手に戻る。持ち帰りの仕事用だと言って持ってきていたものだった。
仏壇の前で、ケースを開いた。中に入れていた木綿の手袋を装着し、史郎は畳の上に寝っ転がった。
ハンドライトで照らしながら手を伸ばす。雨野に言われた通りにダイヤルを操作した。埃っぽさに鼻がムズムズしてきて、くしゃみが出た。
「ハー。端から見たら、まるで泥棒だよこりゃ」
背後で篤郎がキャッキャと笑う声がする。
「おい、あっちゃん。笑うなよ。父さん、真剣にやってんだからさ」
ごろんと転がるように振り返って言うと、篤郎は手足をバタつかせて、また笑った。
ちぇっ、と口を尖らせて、史郎はまた転がるようにして仏壇の方に向き直った。
ダイヤルを回し、最後の数字に合わせるとガチャリと音がした。なんだか宝探しをしているような気分にもなってくる。ドキドキしながら取手を手前に引くと、軋むような音と共に隠し金庫の扉が開いた。
小さなスペースに、押し込められるように平たい木箱が入っている。腕を伸ばし、それを畳の上に引きずり出す。
木箱の紐をとき、蓋を開けた。
中には紐で丁寧にまとめられた古めかしい手紙の束、写真、記録帳らしき手帳が入っている。それからその一番上に、端の焼け焦げた封筒が乗っていた。
「ん……?」
史郎はその封筒を手に取った。
焦げていると聞いて、戦火によって焼けた物だと勝手に想像していた。しかし、紙の質はまだ真新しい。なにより『雨野正太郎様』とだけ書かれたその封筒に、見覚えがあるような気がした。
史郎は考えを巡らせた。
あれは確か、昨年末。雨野の戦友である『樹おじさん』の危篤の知らせを聞き、新宿の病院へ向かった日のことだ。この封筒は、あの時雨野が震える手で、樹の息子から受け取っていた物ではないだろうか。
「……」
気にはなるが、今はとにかく時間がない。史郎は封筒を再び木箱に戻し、蓋を閉めた。木箱を風呂敷で包み、アルミケースに入れる。
再び畳に寝転がり、金庫の中をライトで照らした。中に何も残っていないことを確認し、重たい扉を閉め、仏壇の引き出しも元に戻した。
ずっしりと重くなったアルミケースをリビングへ運び、史郎はまた仏間に戻った。
「ふー……」
座布団の上で、行儀よく待っていた篤郎の側に、ため息をつきながら正座した。
正味五分程で、手際よく作業を終えた。なんだか今頃になって、緊張で体が小刻みに震えてくる。
篤郎を抱き抱えて呟いた。
「こんなに緊張するの、いつぶりだろ。なあ、あっちゃん」
篤郎は史郎の腕の中で、丸い顔を綻ばせていた。
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