番外編 飴が溶けるまで

9/10
280人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
 * * *  今も目を閉じると、あの夜見た白い月が、まぶたの裏に浮かんでくる。  雨野が好きだった。  いつから惹かれていたのか、わからない。  夜道で突然口付けされた。おそらく、その前から自覚もなく想っていた。  初めて人を好きになった。  雨野の不器用な優しさが好きだった。  初めて愛を覚えた。  初めて口付けを交わし、肌と肌を重ねた。  この先にどんな人生があったとしても、きっと、あの温もりを忘れることはないだろう。 「おい、泣いてんのかよぅ」  気が付けば、隣に座っていた風間が、心配そうに顔を覗き込んでいた。  復員船の冷たい鉄壁を背に、膝をかかえて、雨野の事を思い出していたら涙が出てきた。  涙を見られた事が恥ずかしくて、樹は俯いた。  もう一度、雨野に会いたい。  雨野に抱きしめられたい。  想いは止まらず、涙はとめどなく溢れてくる。  膝に顔を埋めて、ボロボロの軍桍(ぐんこ)で涙を拭いた。  船がきしんで大きく揺れる。  よろめいた樹の肩を、風間が抱き止めた。  風間は、泣きじゃくる小さな子供を慰めるように、黙ってそのまま樹の頭を撫で続けた。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!