280人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
* * *
今も目を閉じると、あの夜見た白い月が、まぶたの裏に浮かんでくる。
雨野が好きだった。
いつから惹かれていたのか、わからない。
夜道で突然口付けされた。おそらく、その前から自覚もなく想っていた。
初めて人を好きになった。
雨野の不器用な優しさが好きだった。
初めて愛を覚えた。
初めて口付けを交わし、肌と肌を重ねた。
この先にどんな人生があったとしても、きっと、あの温もりを忘れることはないだろう。
「おい、泣いてんのかよぅ」
気が付けば、隣に座っていた風間が、心配そうに顔を覗き込んでいた。
復員船の冷たい鉄壁を背に、膝をかかえて、雨野の事を思い出していたら涙が出てきた。
涙を見られた事が恥ずかしくて、樹は俯いた。
もう一度、雨野に会いたい。
雨野に抱きしめられたい。
想いは止まらず、涙はとめどなく溢れてくる。
膝に顔を埋めて、ボロボロの軍桍で涙を拭いた。
船がきしんで大きく揺れる。
よろめいた樹の肩を、風間が抱き止めた。
風間は、泣きじゃくる小さな子供を慰めるように、黙ってそのまま樹の頭を撫で続けた。
最初のコメントを投稿しよう!