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第12話 泣き猫
幼馴染にして片想いの相手、ナキリの平手打ちで歓迎されたトウショウは、誤解を解こうと追いかけた先で、もう一度平手打ちを喰らい、結局、両頬を腫らしての帰還となった。
誤解の元であるチヨは、旅の途中で買ってきた酒を土産に、トウショウの父親と打ち解け、年来の飲み友達のごとくである。そんな様子を見ながら、母親がトウショウに笑顔でいう。
「無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。チヨさんも楽しい人じゃないか。良い人と出会えたね」
良い人ねぇ、と疑問に思いながらも、一応うなずいてみせる。また翌朝にはチヨの案内に発つことを伝えたところ、そう遠くはないけれど気をつけるんだよと心配そうにしていた。
当の本人は旅の目的を忘れているのではないかと思うほど楽しそうに酒を飲み、父親からトウショウの子供の頃の馬鹿話を聞いては笑い転げていた。明日には出発することを告げて、いつも楽しそうでいいなと皮肉ってやっても、
「旅の目当ては旅の目当て。途中を楽しまないで、いつ楽しむんだ? 女だって一緒だ。ナキリを抱ければ、それで良いってわけじゃないだろう?」
「そりゃそうだ。もちろん抱きたいけど……」
って何を言わせるんだ、と応じたところが、視線を感じて振り返ると、そこにナキリが立っていたりして。両手で黒猫を抱きかかえていた。
「よく話も聞かないで平手打ちして悪かったかなって思って謝りに来たけど……」
と、黒猫を離して両手を自由にすると、ぐっと拳を握りしめ、腰の入った一撃だ。そのままクルリと向きを変えて大股に歩き去る。殴り倒されたトウショウの目には、ナキリの後を追う黒猫が、にやにやと笑っているように見えた。
翌日、ほとんど夜通し飲んでいたらしいチヨを、いくらかの鬱憤ばらしも兼ねて叩き起こし、旅の準備を整えた。と言っても、往復しても十日とかからない道程で、これまでの旅に比べれば楽なものだ。
二日酔いらしきチヨを急かして準備を終えると、ようやく出発だ。城門付近まで行ったところで、息を切らせて追ってきたのがナキリである。トウショウの顔に手を当てながらいう。
「ごめん。痣になっちゃったね。気をつけて行ってきて。それと……」
と、声をひそめてささやく。
「……本当なの? 抱きたいって?」
顔を真っ赤にしながら問うナキリに、驚きつつも、真剣にうなずいてみせた。
「こんな垢まみれ、埃まみれだよ?」
「いや、ナキリはいつも綺麗だ」
「ふぅん」
と応じてうつむいて。「馬鹿ね、あんたは。私はそんなに綺麗じゃない。でも、嬉しいよ」
と言って、少し潤んだ目をあげると、バシッとトウショウの肩を叩いた。
「さあ、気をつけて行ってきて!」
「ああ、遅くても十日以内に帰ってくるよ」
歩き出したトウショウを数歩走って追いかけ、ナキリが後ろから抱きついた。すっと口付けすると、耳元で何事かささやく。トウショウを見送るナキリの足下では、黒猫が、にゃあにゃあと泣き続けていた。
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