環状線

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

環状線

 昼食の後、客先回りの為に環状線に乗った。  発車して間もなくロングシートの端から二番目の席が空いたので、そこに座った。自分の右隣、シートの端の席には、金髪の若者がだらしなく口をあいて眠りこけている。  座ってスマホを開けて暇つぶしを始めたが、五分もすると急に右肩が重くなってきた。眠りこける隣の若者の頭が俺の右肩に乗せられているのだ。不潔な匂いを発する頭髪が俺のスーツの右肩にごりごり擦りつけられている。  顔をしかめて右肩で押し返してやる。相手の頭は電車の振動に合わせてぐらぐら揺れながら、ゆっくり反対側に傾いて金属の手すりにもたれかかる。  再びスマホの画面に目を落とし、五分ぐらい揺られていると、また、隣の男の頭が右肩に押し付けられてくる。まったく……聞えよがしに大きく咳払いをしながら、今度は強めに勢いをつけて右肩で押し返す。一瞬目が覚めたのか、低い声で「すみません」と呟く声が聞こえ、また金髪の頭がぐらぐらしながら手すりの方へゆっくりと倒れていく。それから二分ぐらいで降車駅に着いたので、電車を降りた。俺の目の前に立っていたサラリーマン風の男が後に座った。  翌朝、いつものように朝のニュースをつけて寝起きのぼんやりした頭で画面を眺めてた俺の目は、画面に釘付けになった。 「昨日午後三時ごろ、環状線外回り電車の車内で、S区の無職山内啓太さん24歳が死亡しているのが発見されました。警察の調べによりますと、山内さんは昨日の早朝まで友人達とカラオケルームで過ごし、帰宅の為始発電車に乗り込んだ直後に車内で脳梗塞を発症し、意識を失ったまま急死したもようです。山内さんの遺体は座席に座ったまま約10時間以上に渡り、環状線を周回していたものと思われ……」  画面には、見覚えのある金髪の若者の顔写真が映っている。あれは……そう……昨日俺の右肩に何度も擦りつけられて来た金髪の頭部……始発に乗った直後に発症って、じゃ、あいつはあの時もう死んでいたのか?……俺を含めて何十人もの人が、入れ替わり立ち替わり朝からあいつの隣に座って、何も気づかぬまま死体に頭をごりごり擦りつけられていたのか?  思わずその感触を思い出して身震いした俺は、更にぞっとする事実に気付いた。  あの時、「すみません」と言ったのは誰だ?
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!