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「私は生きていて良いのだと思う?」
思ったことを思った通りに言ったら、私の恋人は涙を流した。
三月の終わり。川沿いの桜は咲き始めている。春の始まりを告げるうららかな陽射しの下を、彼と私は歩いていた。幸福に互いを愛しながら。
「どうして、そんなことを言うんだ」
ばかだ私は。すぐに後悔した。この人が答えをくれるはずがないのに。
「君はどうして、僕のもとを去ろうとするんだ」
彼のもとを去ろうとした訳ではなく、どちらかというと去らなくても良いことを確認したかったのだが、たぶん言っても仕方がないので言わなかった。こういうとき、彼はとても感情的で、私の言葉が正確に伝わらない。
「前にも言っただろう、君のお母さんが死んだのは君のせいじゃない。もし仮にそうだったとしでもだ、君が死んで何になる? 頼むから、ばかなことを言うのはもうやめてくれ」
私の母は私が子どもの頃、旅先で川に落ちて死んだ。川に近づいた私を慌てて止めようとして転んだのだ。私の記憶には、母の体が私の目の前を通り過ぎて、申し訳程度の低い柵を飛び越えて落下する光景が焼き付いていた。そのことは以前に彼に話しており、そして確かに彼はそのときも同じことを言った。「君のお母さんが死んだのは君のせいじゃない」
だけどそもそも私は、母が死んだことを自分のせいだと思ったことはない。私は川が見たかっただけで、落ちないように十分に気を付けていたし、ちゃんと柵の手前に居たのだから、母は何もそこまで慌てることはなかったのだ。母が死んだのはただの事故だった。でも、私は思う。一つだけ原因を挙げるとすれば、ただ彼女は幸せ過ぎたのではないだろうか。
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